*Kai-chanの鉄道旅情写真館・異次元のページ*

心に残るこの1枚・第12回

ダニエル・バレンボイム指揮
シカゴ交響楽団
シカゴ交響合唱団
*

ブルックナー:交響曲第0番 (WAB100)
ヘルゴラント* (WAB71)
詩篇第150篇* (WAB38)

(1980/81年録音/独グラモフォン)

 

 超自然現象の類いは基本的に信じない。
 この「基本的に」というのが重要なのであって、人類の知識にはない「何か」を目撃することなら、いくらでも有り得るだろうと思う。それを想像だけで妙な方向へ話を持って行かれると拒絶反応が起こる。そもそも「超自然現象/怪奇現象」という名称がよろしくない。
 天文学に関心のある人が「一晩中夜空を見上げていれば結構色んな現象が起こるものだ」というようなことを言っていたけれど、筆者は一度だけ、夜空に怪火が走るのを見たことがある。鳥取県のある駅へ長時間露光撮影(夜景を撮るため、何秒という単位でシャッターを開けっぱなしにすること)に行って大失敗に終わったときのことだった。
 山陰本線は日本海に沿って走るが、その駅はちょっと山手に入ったところで、昼間でも水平線は見えない。けれども海がどの方角にあるのかなら、当然頭に入っている。その海側、黒くシルエットに見える山の稜線から黄色っぽい光が3つ等間隔で現れて相当な勢いで東(または北東)から西(または南西)へと流れ、違う山の向こうへと消えた。水平より心持ち上昇気味に、一直線の動きであった。
 筆者は理屈っぽい性なので、こういう時には片っ端から仮説を立てる癖がある。
 上空の飛行機ではあり得ない速度だった。暗いから近くの光を遠いものと錯覚した可能性ならおおいにある。例えば、電線に自動車のヘッドライトが反射したのでは……いや、それなら山の端から現れて山の向こうへ消えるのは可怪しい。
 高い位置に高圧線でもあるのかなあ、と現地では思ったが、地形図を見る限り存在せず、正体不明のままである。むろんUFOなんぞではなく、とにかく何かの光が何かに反射したものであろう。
 妙な話から始まったが、洋の東西を問わず人間の考えることは似たようなものだとつくづく思う。西洋の昔話には、部分的に日本のそれとそっくりなものが多々ある。確認出来る限り、どちらかが「輸入」した形跡は認められないにもかかわらず、である。
 表記のディスクは「交響曲以外のブルックナー作品」を初めて聴く機会となったものであり、詩篇は名の通り宗教声楽曲、「ヘルゴラント」は管弦楽と男性合唱のための音楽で、これはブルックナーが最後に完成させた作品でもある(WAB番号はジャンル別・アルファベット順なのでこういう面は示してくれない)。
 珍しい「第0番」なる交響曲の話は別の機会に譲って、今回は「ヘルゴラント」を主役に据える。
 内容はというと、要するにドイツ版「神風物語」なのだ。(歌詞はA.ジルバーシュタインなる人の作。完全な創作なのか、「元寇」と同様の史実があるのかは知らない)

はるかな辺境の地、北海の遠い島に、たれ込める雲のように数隻の船が姿を現した。ザクセンの島にローマ人たちが向かってくる!/清らかに保たれてきたこの所に、木々に囲まれた平和な家々に、おお、なんという災難だろう。住人たちは敵の襲来を知る。敵は生きるのに必要なものばかりか、生命をも奪うのだ!/不安に駆られて住人たちは岸辺に急いだ。涙にくれて遠くを見つめても何になろう。そのとき知恵のある者たちの胸から、天に向かって熱心な祈りが捧げられた。/雲の中に座し、雷を御手に持ち、嵐の上に住まわれるお方よ、我らを顧みたまえ! 灰色の嵐を、赤い稲妻の火を荒れ狂わせ、敵どもを打ち砕きたまえ、全能の父よ! 死と、苛酷な苦痛より我らを救いたまえ!/すると見よ、打ち寄せる大波が、わき立つ泡とともに高く舞い、風は鋭い唸りを発し、あたりで最も明るい帆の色さえ暗くなった!/海の恐怖が自らを解き放ち、マストを折り、へさきを砕く。稲妻の炎がきらめく矢となり、とどろきわたる雷鳴の中で船に突き刺さる!/敵は、略奪者は、海深く砂底に沈み、狙われた獲物は無事に生き残った。船の破片が島に漂ってくる。おお主なる神よ、自由なヘルゴラントは御身を讃える!
 おそらく根岸一美訳 『ブルックナー・マーラー事典』(東京書籍)による

 せいぜい十数分の曲で、歌詞があるからなお覚えやすい。コーダなんぞは「ブルックナー節全開」でもある。過日、久々に歌詞を確かめながら聴いてみたらかなりの単語を間違って記憶していたけれども、音楽そのものなら、脳裏に架空の演奏を鳴らし始めると行方不明になることもなく最後まで続く。
 こうして完全に覚えてしまった曲は、鉄道撮影の待ち時間に最適なのだ。
 「レパートリー」中、長いものでは「ブル8」の終楽章がある。ジュリーニ辺りのスロー・テンポを意識しつつ、周囲の環境によっては軽く口笛など吹きながら「演奏」を始めると、あっと言う間に25分が経過するのだからローカル線での撮影にはうってつけである。
 あるとき、列車の通過まで15分ほどだったので、ちょうどいいや、とばかりに頭の中で「ヘルゴラント」を鳴らしていたことがあった。
 しかし、どうやらこれは選曲がまずかったらしい。
 ♪Und siehe, die Welle, die wogend sich warf, ……
 よりにもにって「すると見よ、打ち寄せる大波が……」というところで雨が降りだしやがった。運悪く、持っていたカメラは雨に弱そうなα-7である。慌てて折り畳み傘を鞄から出し、ヤッと開いたその瞬間、背中の方から強い風が一吹き、バキバキッと音がしたと思ったら傘の骨が2本同時に折れていた。
 「雷」こそ鳴らなかったけれども、確率を考えれば、あってはならぬような恐るべき偶然である。
 本当は立ち入っていいものかどうか分からない工場敷地の、事務所の車寄せへと逃げ込んで(建物内に人影はなかったが、後で見ると車は敷地に出入りしていた)、いかにも「傘が壊れた!」ということを動作で示しつつ、
 ♪O Hergott, dich preiset frei Helgoland!
 おお主なる神よ、自由なヘルゴラントは御身を讃える! 途中をすっ飛ばして脳裏にコーダを鳴らしていたところ、列車通過の5分前に雨が止んでくれた。
 「ヘルゴラント」全14分のうち最後の4分間は、この歌詞1行またはその一部を延々と繰り返す。
 音楽上のコーダにさしかかると、音価が倍々という調子で延びてゆき、最後は
 ♪fre--i He------------lgo--------la------------nd!
 という感じで、鼻歌レベルでも到底息が続かない。よくこんな曲を歌えるものだと驚嘆する。
 録音が少ないのはそのせいでもあろう。

 

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