*Kai-chanの鉄道旅情写真館・異次元のページ*

心に残るこの1枚・第2回

ルチア・ポップ(S)/ベルント・ヴァイクル(Br)

クラウス・テンシュテット指揮ロンドン交響楽団

マーラー:歌曲集「子供の不思議な角笛」

(1985年録音/EMI)

 

 私はオペラというものをあまり好まない。そもそも、オペラというのは独自のジャンルであって、芸術音楽の範疇に含めるべきではないとさえ思っている。そんなこともあって、声楽家のことはあまり知らないでいた。もとより、特定の好きな歌手も最近までいなかった。
 ルチア・ポップの声に惹かれたのは(本当なら「出会ったのは」……と書きたいところなのだけれど、それが出来ない理由は後に記す)マーラーの歌曲集『子供の不思議な角笛』であった。
 ブルックナーの交響曲を各異稿まで揃えた後、宗教声楽作品に手を広げたのと同じ手順で、マーラーも交響曲を11曲(クック版の「10番」を含む)を揃えた後は歌曲に手を出した。で、民謡詩を題材にした歌曲集『子供の不思議な角笛』にすっかり憑かれてしまったのである。この歌曲集は、多くの場合、男性と女性の歌手二人が登場し、曲によっては交互に歌ったり部分的にデュエットになったりと面白く、またマーラー自身は声部指定を付けていないので、指揮者や歌手によって男女の割り振りが異なっているのも楽しい。でもって、2枚目となるこのCDで歌っている女性歌手に、一目惚れならぬ一聴惚れをしてしまった。
 それがルチア・ポップ。残念ながら故人である。
 とにかく素晴らしい。最高声域がソプラノにありがちな"絶叫"にならず余裕しゃくしゃく、叙情的な作品は特に聴きもので、『美しいトランペットのひびくところ』(日本語にするとつまらないタイトルに見えるが)などは"旅行用MD"に録音して持ち歩いていたりする。いきおい、彼女のCDを集めだしたりしたものの、オペラの全曲盤やハイライト盤を買う気はないので、男声歌手と共演している例のマーラー(2種)と3トラックだけ彼女が登場するグリーグの「ペール・ギュント」(マリナー指揮による劇付随音楽版)を含めても僅か(?)10点に過ぎない。
 ……と思っていたら、ずっと以前に買ったショルティ指揮のマーラー「第8」でも彼女が歌っていたのを発見。ある日、この曲を聴こうとディスクを取り出したところ、とにかく独唱者8名に混成合唱団2組、少年合唱まで加わったとんでもない大編成の作品なので、いちいち独唱者なんぞ覚えていなかったのだが、ジャケットにPOPPの文字。ひょっとしたらナントカ・ポップという別人か - と疑ってみたが、解説書を出してみるとやはり"LUCIA POPP"である。
 不思議だった。何度も聴いているのに、3人いるソプラノのうち特に一人が印象に残ったという記憶がない。何故だろう?
 早速、歌詞カードを調べて彼女の歌うソロ・パートを聴いてみた。
 ♪Neige, neige. Du Ohnegleiche……
 なにか変なのだ。声が細いのである。印象に残らなかった筈で、もちろん下手ではないけれども、これならたいしたことはない。
 しばし首を傾げてから、ハタと気づいて録音年を調べた。交響曲は1972年録音、一聴惚れ(?)した歌曲は1985年録音。
 で、調べてみたところルチア・ポップは1939年生まれである。前者33歳の録音、後者46歳の録音……
 摩訶不思議である。人間の肉体というものは20代後半から30代前半がピークで、そこから先は下り坂である。なのに肉体そのものが楽器である歌手のピークは、彼女に限らずもっと後にやってくる。オッサンオバハンにならんといい声が出ないのだ。そして、指揮者や器楽奏者に比べて確実に「衰え」は早く訪れる。
 要するに、名を売っても稼げる期間が短い訳で、声楽家志望者が減り、結果としていい歌手が少なくなったと言われるのは、この辺りに原因があるようだ。
(なお、同じ『子供の不思議な角笛』のバーンスタイン指揮によるCD(1987年録音)でもルチア・ポップが歌っているが、テンシュテット盤の方が全体的に「喉の調子」はいい。ただし『この歌をひねりだしたのは誰?』についてはバーンスタイン盤が上で、なんと息継ぎの数がひとつ少ない。パート譜はどうなっているのだろうか)

 

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