*Kai-chanの鉄道旅情写真館・異次元のページ*

心に残るこの1枚・第7回

リッカルド・ムーティ指揮フィラデルフィア管弦楽団

ストラヴィンスキー:組曲「火の鳥」
ムソルグスキー(ラヴェル編):「展覧会の絵」
チャイコフスキー:序曲「1812年」

(1978/81年録音/EMI)

 

 芸術音楽との出会いについては「ケンブリッジ・バスカーズ」という、リコーダー(縦笛)とアコーディオンによる大道芸的なバンド(LP→テープ→MDと録音し直して今でもたまに聴いていたりする。どちらの楽器もノスタルジィを誘う音色だから……というよりは個人的"なつメロ"というのが正解かなあ)の話をしなくてはならず、面倒なのですっ飛ばすことにして、初めて本物のオーケストラを生で聴いたのは中学2年生のときであった。
 本物も本物、アメリカで五本の指に入るフィラデルフィア管弦楽団。指揮は当時音楽監督を務めていたリッカルド・ムーティ。その派手な指揮ぶりはテレビの音楽番組で承知していたから、わざとステージの反対側 - 金管楽器の頭上を選んだ。ステージと客席の角度から考えて、指揮者の背後で聴くよりも金管の音が特に大きく感じられることはなかった筈である。
 15年以上の歳月が流れ、そのときの演奏がどんなものだったか、詳しく書くことはもはや不可能である。ただひとつだけ「オーケストラってこんなにデカい音がするものなんだ!」というそのときの感慨は一生忘れないと思う。初めてのことだから、もちろんLPで聴き知っている曲目のコンサートを選んだ。弦楽合奏でごく静かに始まる交響曲だったが、その音量からして予想していたものの倍くらいに感じられ、金管楽器群がフォルティシッシモで吠え始めると躰が椅子に押しつけられるように錯覚されたものだった。あとはもう、記憶の断片である。金管楽器がぴかぴか光って、その音色はもっときらびやかで、弦楽器奏者の腕が激しく上下し、ティンパニとシンバルが空気を震わせる - 今から思えば音楽よりも音響にひたすら圧倒されていたようだ。演奏がどうだったかなんて、中学生に判断がつく道理もない。
 クラシック音楽は眠い - なんて言う奴には、大編成の管弦楽を生で聴かせてやりたいとよく思う。あれで居眠りが出来るなら阪神大震災でも目を覚まさないだろう。
 ただ、いきなり「本物」に触れたのは不幸であった。
 オーケストラってこんなにデカい音がするものなんだ - この台詞、正しくは「実力のある」という形容詞を冒頭に付けなければならないのである。編成、つまり演奏者の数が問題なのではない。奏者ひとりひとりの出す音の太さが違うのだ。結果として、調子の悪い、あるいは実力のないオーケストラだと、弱音部から曲想が盛り上がって、フォルティシッシモに爆発 - する筈が、途中で腰砕けになってしまい、聴き手としては欲求不満に陥る。
 これが「本物」を知らなければ、そこそこ感動出来るものだから始末が悪い。
 旧東ドイツの名門オーケストラが東西統一後に来日したことがあったが、これはひどかった。おそらく、いい奏者は経営の安定した旧西側の楽団に行ってしまったのだろう。弦楽器の音は軽く、管楽器はしっかり鳴らず、代わりに音色が美しいかといえばそうでもなく、よほど途中で席を立とうと思ったのだけれど、安からぬ入場料を払ったのだから最後まで聴かなきゃ損だという理由で「我慢」していた。ところが、後ろのオッサンは「やっぱり凄い」などと感心しているではないか。このときはオッサンが羨ましかった。
 その数カ月前にウィーン・フィルの来日公演を聴いたばかりで、時期も悪かったのだろうが、十代の頃からフィラデルフィア管弦楽団やシカゴ交響楽団といった「鳴り過ぎる」という評さえあるオーケストラに生で接したのはやはり不幸であった。ちょうど、三陸辺りで生ウニを食った後、大阪へ帰ってたまたま寿司の上に乗った奴など食うと薬臭くてしようがない - というのに似ている(蛇足ながら、ウィーン・フィルが思いっきり手を抜いてくれた生演奏も経験している。確かに客層はひどかったから、ステージ上からそれを見抜かれたものらしい。"超"一流オーケストラによる"超"有名曲プラグラムは避けるべし、というのが教訓である)。
 初体験の記憶は誇張されているに違いないが、表記のCDは今でも「音響に圧倒」された思い出を追体験させてくれる1枚で、『やかまCD』と名付けて愛聴を続けている(1980年代という「デジタル万歳」時代の製品だけに、録音状態もキンキラキンで、同じ音源が今も発売されているとしたら、多少"アナログ風"に抑えられている可能性はある)。精神的に落ち込んでいるときには効果抜群であるものの、肉体的に疲れているときは喧しさに辟易して途中で聴くのをやめることもあるけれど……

 

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