人生においては、瞬時の決断というものを迫られることがある。まったくといってよいほど考える時間の与えられないことが。
妙にものものしい書きだしになったが、この種の表現の常として、結局はくだらない方向に展開する。岩手開発鉄道の旅客営業なきあと……ほら、早速次元が低くなった……訪れにくい鉄道の筆頭として挙げられるのが、岐阜県の神岡鉄道である。国鉄再建法による転換対象路線に指定されたとき、濃硫酸輸送の貨物列車があるという特殊事情で鉄道存続の道を選んだこともあり、とにかく便利が悪い。「ご本尊」の運転本数もさることながら、起点の猪谷へ行くのがまずひと苦労である。しかも、うっかり接続のよい列車で神岡鉄道に乗り換えてしまうと、今度は帰る列車が途中の神岡鉱山前止まりだったりする。
一応、飛騨神岡駅と高山市内を結ぶバスの抜け道はあるものの、当然ながら神岡鉄道との接続は考慮されていない。例えば高山発15時10分の便に乗ると、飛騨神岡へ着くのが16時24分、その1分前に奥飛騨温泉口行が出てしまい、惜しいところで神岡鉄道全線に乗れないのである。ただし、件の奥飛騨温泉口行はすぐ猪谷行として折り返してくるし、さらに猪谷で富山行普通列車にも接続するので、乗継としては面白い行程が出来上がる。
実は先日、この行程を実行してきた。
バスは飛騨細江駅の先で線路から離れ、スキー場などのある高原に登ってから、一転下り坂にかかる。高山駅前のバスセンターには自動券売機があって、1350円区間という切符を手にしていたのだが、ひょいと運賃表示器を見ると、もう高山からの金額が1200円を越えている。
−もうすぐ飛騨神岡駅前?
窓の外は山また山で、道路は右に左に急カーブを繰り返し、ろくに人家もない。本当にこの先、鉄道の通じている集落があるのかいな、と心配になるほどであった。しかし、やがて眼下に家並が現れ、谷間を横切るコンクリート高架の上にちゃんと可愛らしい駅が乗っかっていた。
バスを降りて、何げなく腕時計に目をやったとき、思わず「えっ?」という声が洩れた。
なんと、5分ばかり早着しているではないか。飛騨神岡駅の先はすぐ終点の神岡営業所なので、特に問題はないのだろう。そんなことよりも、5分早着したからには、本当なら間に合わない筈だった奥飛騨温泉口行があと3分少々で頭上の駅にやってくるのである。
−乗るか、それとも撮るか……
迷っている暇はない。まごまごしているとカメラを構えることも出来ず、また高架ホームに上がることも出来ないまま列車が来てしまう。
−よしっ。撮ろう!
回れ右、急ぎ足で坂道を登って、適当な位置からカメラを構えたと思ったら、次の瞬間にはトンネルから列車が姿を現した。(写真は飛騨神岡付近にて 2001. 4. 7)
お蔭で、筆者は飛騨神岡〜奥飛騨温泉口間を乗り残している。
(本文中の所定時刻は2001年4月時点のもの)
後記。2004年10月、とうとう貨物輸送がトラックに変わってしまった。貨物列車のなくなった神岡鉄道が生き長らえる筈もなく、これは死刑宣告に等しかったと思われる。理由は貨車の老朽化だそうで、どういうことなのか正直なところよく分からない(要するに貨車を新調するほどの将来性がないのか)。趣味人としてタンクコンテナ化の心配(?)はしていたが、まさか道路輸送とは……
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