ガンチュウこわい
生まれて初めて眼科通いをした。
以前に一度、持病の慢性疾患を診て貰っている主治医から突然「白内障の検査」を命ぜられ(結果は異状なし)、視力検査で1.5を記録して看護婦に妙な顔をされたことがあるが、眼科医としても「自分よりよく見える」患者というのは扱いにくいようである。
今回は百科事典に「失明に至ることもある」などと書かれている病気におっかなびっくり、問題の右眼はちょうど写真が手ブレしたような有様で、視力検査でも相応の悪い結果が出るに違いないと信じていた。ところがあの「C」の字型の検査表、二重に見えたところでどっちが開いているのかは判別がついてしまう。正常な左眼からワン・ランク下がっただけの1.2という結果が出てしまった。
これは喜べないのである。それどころか非常に困るのである。
「ものが二重に見える状態なんですが」
などと訴えたところで、医師の手元には「1.2」という数値が記されたカルテがあるのみ。
「ちゃんと見えてますよ」
一言の下に片付けられた。なにしろ、その眼科医は眼鏡を使用している。どう考えても裸眼で1.2まで見える筈がない。いくら医者でも、それではこちらの症状を「実感」出来ないだろう。もっと眼のいい医者を連れてこい! と喚きたくなった。
(画像は「眼軟膏の使い方」図解。こう簡単にはいきません)
問題の病気は、複数の原因が考えられるがいずれも症状は同じ、薬が効いてみるまで原因の特定が出来ないという情けない話である。そのため、薬を変えながら経過を見た訳だが、どうにも改善しない。体質的な面もあって思うように薬が効かないらしい。「悩むなあ、これは」などと額に手をやる主治医にも困ったものだ。
何度目かの診察で、ついに二人目の医師が登場。「ちょっと診せて下さいよ」と機械を通してこちらの眼を覗き込み、主治医を顧みていわく
「ガンチュウした方がエエんとちゃう」
ガンチュウ? 何それ…… エッ、眼注? それってもしかして……
案の定、眼に注射をするというのである。助けてくれェと叫びたくなった。
麻酔の目薬を3分おきに4回。それが終わると、台の上で横になれと命ぜられた。
「足元を見ていてください」
これは注射する場所より恐怖感対策ではないかと思う。最初のときは何も見えないまま「はい、終わりました」という声が降ってきた。
麻酔をしてあるから痛みはほとんどないものの非常に気持ちが悪く、注射液が角膜の内側にたまるので半日ばかり異物感が続く。おまけに、頻々と「眼注」を続けるうち、もう慣れたでしょ、という感じで、ときどき目の前を注射針が横切るようになった。これは思い出しても怖い(笑)。
ガンチュウの甲斐あって、病状はようやく回復し始め、2週間で点眼(目薬)だけの治療に戻ることが出来た。
「今日はもう注射はやめておきます」
この一言がなんと嬉しかったことか。
感心したのは、眼圧検査やら眼底ナントカ検査の準備となる点滴やら、いろんなことが同時に行われる処置室で、「眼注」はカーテンで厳重に遮蔽されること。実際、もし他人が受けているのを見たら、恐怖百倍、とても耐えられそうにない。
ときに「ガンチュウ」の発音は「ン」にアクセントがあって、関西空港のカンクウと同じく極めて関西的である。標準語圏の眼科ではどう言うのだろうか?
後記。このページを公開してから(要するにこの文章を書いてから)10年近くが経ち、世間一般の水準からも平凡な視力になってしまった。医師は「年齢的なものです。視力に関しては医学的に問題ありません」とつれない。齢はとりたくないものです(苦笑)。
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