合法的不正乗車

 このところ、JRグループが「不正乗車の推定被害額」を口にしなくなった。都市圏に高性能の自動改札機が導入されて被害が少なくなったことより、運賃表の誤記による「不正利益」が立て続けに発覚したことが大きいのではないかと思われる。
 実は筆者にも不正乗車の「前科」はある(といっても捕まった経験はないが)。その中には、JR側に責任転嫁をしたくなるケースが少なくない。
 1990年頃のことである。学生だった筆者は、その時期になるとどうしても18きっぷを使うことが多かった。5枚綴りだった当時の18きっぷは、出札窓口で日付を入れるのが普通であった(現在、都市部では改札口が一般的)。ところが、お盆の時期ともなると窓口は混雑しており、たかが日付を入れて貰うために並ぶのも馬鹿馬鹿しい。それで、日付のないまま改札口へ向かった訳だが、改札係は愛想よく「はい、どうぞ」と通してくれるし、何度かあった車内改札でも「ハイッ。18きっぷですね」と無傷のまま返してくれる。
 夕刻、その日の旅程を終えた筆者の手元には、日付がないままの18きっぷが残った。
 これをもう一度使うなと言うのは無理である。無人駅から乗った訳でもないのに、車内改札で「あのゥ、日付が入っていないんですけどォ」と積極的に申告するほど馬鹿正直ではない。次の機会には、わざと日付を入れないまま改札口へ向かうようになったのも、致し方のないことではないだろうか?
 さすがに1992年頃から日付のチェックが厳格になり、日付のないまま改札口を通過するのは不可能になった(朝、無人駅から列車に乗り、車内改札はなく、降りた無人駅で車掌に文句を言われたことさえある。どうしろと言うのかしらん)。
 最近は「合法的不正乗車」を何度か体験している。
 "現場"は、寝台特急の座席利用という奴である。この、通称「ヒルネ」に必要な立席特急券は一定枚数しか発売しないので、建前として、乗車前に特急券を購入しなければならない。また、周遊きっぷのゾーン券だけでは乗れない……筈なのである(ワイド周遊券当時も同じ)。
(写真は「ヒルネ」利用の多い「日本海3号」 羽越本線 小砂川−上浜 1993.12. 7)
 あれは鳥取駅だった。立席特急券を買うつもりで窓口に並んでいたら、列が一向に前へ進まず発車時刻が迫ってきたので、仕方なく「山陰ワイド」で改札を通り、「出雲3号」に乗った。そして回って来た車掌を呼び止めたまでは至極正直な行為であったのだが、そこで魔が差した。
「あのゥ、これは特急券が別に必要なのでしょうか?」
 と知らないフリをしたのである。そうしたら、ワイド周遊券の券面をしばし眺めた車掌いわく、
「ああ、特急券は要りません。こけだけで大丈夫です」
(知らないフリなどしなくとも結果は同じだったろうけど)
 車掌が要らないと言った以上、合法的には違いなく、しかし営業規則に照らして不正乗車でもある。つまりこれ、合法的不正乗車。
 同じ手は周遊きっぷ化後の「あけぼの」でも成功(?)している。共に下車駅で別の列車に乗り換えたからいいものの、中規模以下の駅ですぐ改札口を出たらそこで咎められるかもしれないから、念のため車掌の名前を覚えておくとよいだろう。
 こんなことを書くとまるで扇動しているみたいだけれども、これはきちんと立席特急券を買って乗った「日本海3号」では気になる車内放送があった。
「立席特急券または自由席特急券で御乗車のお客様は……」
 規則上、自由席特急券では乗れない筈なのである。自由席特急券がいいのならゾーン券でも……というのは拡大解釈になるものの、「着席できません」と記された切符で空いた寝台に座れる事実もあり、本当のところはどうなのか分からない。
 「スーパーやくも」では恐ろしい合法的不正乗車を目撃した。一時期設定されていた倉敷→米子ノン・ストップの列車に、なんと岡山→倉敷の切符で乗車、乗り過ごしを装って(慌てた様子で車掌に申告していた)米子まで「合法的に」無賃乗車したのである。乗り過ごしを「装った」という証拠はないけれど、岡山→倉敷に「やくも」利用という不自然さ、及び当人の車内における行動から、まず故意であったと思う。
 筆者にこれほどの度胸はない。感心するやら呆れるやら。

 

 実は、長らく公表を自粛していた「合法的不正乗車」体験がある。
 30年以上が経ち、現地の状況も大きく変わってしまったことから、付記することにした。
 1990年夏、津軽線の列車を効率よく撮影する目的で、青森から津軽今別まで快速「海峡」に乗ったことがある。手持ちの切符は往時の定番、東北ワイド周遊券。在来線(標準軌区間を含む)なら特急の自由席にも料金不要で乗れる「自由周遊区間」に海峡線は入っていなかったので、蟹田で交代した車掌を呼び止め、周遊券を見せて「津軽今別まで」と言った。
 すると、相手は瞬時ニヤッとしてごく小さく首を横に振り、無言のまま行ってしまったのである。
 初めは「え? なんで無視するの??」と思ったのだけれど、津軽今別で降りてから車掌の「ボディ・ランゲージ」をじっくり振り返るうち『払わなくていいよ。見なかったことにするから』という意味か、と気が付いた。
 全くの無言だったのは、積極的に不正乗車へ加担する訳にはいかなかったからなのだろう。車内補充券の発行が単に面倒だったのか、JR北海道の線路とはいえ"東北"なのだから、周遊区間じゃないのも変だよね、という気持ちがあったのか、知る術はない。

 

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