信楽高原鉄道で起きた正面衝突事故の民事訴訟が、2002年12月に決着した。1審での「青信号で列車を進行させた運転士に責任あり」という驚くべき文言こそなくなったものの、やはりJR西日本の責任を認めたもので、新聞に掲載された判決文を読むとほとんど屁理屈の世界である。これでは、やろうと思えば誰にでも有罪判決が出せるのではないだろうか。(実をいうと……というほどのことでもないが、筆者は法学部の出身である。あいにく、政治学科というところに在籍していたから、法律系の履修は少なく、民事訴訟の知識は皆無である。刑事訴訟は多少勉強したが……)
被害者およびその家族の発言といえば例によって例のごとく滅茶苦茶で、JR西日本で切符を買って乗ったからJR西日本が悪いのだそうだ。もし旅行会社で買っていたら、その旅行会社に責任があるのだろうか? (新聞記事には「JRの切符」とあったが、JRが信楽高原鉄道の切符を売っただけなので「JRの切符」ではない)
当たり前のことを当たり前にこなしながら、不幸にして事故に巻き込まれたJR列車の運転士は確か生存している筈である。理性を失った被害者と、論理性を失ったマスコミの四面楚歌を前に、その心境は察するに余りある。(写真は信楽付近にて。2002. 9.15 多くの死者を出し、所有車両の半数以上を失った大事故から"再起"できたのも第三セクター会社ゆえか)
筆者など、テレビのニュースを見ながら「俺が鉄道事故で死んでもあんなことをしないでくれ、もしやったら化けて出るぞ」と家族に言ったことがあるけれど、被害者やその家族にまともな思考力の持ち主がいたとしても、得てしてそういうのは表に出て来ないものだから、どうしようもないか……。
言うまでもないことだが、もし「出発信号の進行現示(要するに青信号)で列車を進行させる」のがいけないのなら、ダイヤが一度乱れると永久に元に戻らない。鉄道信号は道路信号とは違うのである。あるとき筆者は、山陰本線五十猛駅で特急同士の交換(行き違い)を撮ろうとしたのだが、下りの特急が遅れていたらしく、上り特急が駅に停まらず行ってしまったのを呆然と眺めていたことがある。撮影中にやられたのでこれは印象に残っているけれども、交換駅の変更そのものは、とりたてて珍しい出来事ではない。
この事故をきっかけに、不定期の他社線乗入れは激減、民事訴訟の1審でJR西日本の責任を認めた判決が出て以後はほとんど壊滅状態になってしまった。これは仕方がない。乗入れ先で事故でも起こされて、その責任を被せられてはたまらないと、担当者が考えるのも当然だろう。結局のところ、不利益を被るのは利用者である。
信楽事故の全体像は、JR西日本の信号システム施工ミス→信号機の故障→信楽高原鉄道の誤った対応→事故の発生という流れで、事故の「原因」には発生直前の事象のみが該当する。なぜなら、信号の故障は施工ミスがなくとも起こり得るし、故障時の対応はきちんと定められているからだ(信号機の故障というのもさほど珍しいことではない)。ところが、細かく見て行くと、この事故は複雑な様相を呈していることかが分かる。以前、このコーナーに書いたことがあるけれど、人間は必ずミスをする。そのため、機械が人間のバックアップをするようになった。一部の中小私鉄を除いて、現在の鉄道には何重ものバックアップ・システムが存在し、そう簡単に事故につながらないようになっている。
以下は事故直前の状況。
1…10時25分・代用閉塞の施行が不完全なままSKR車両が信楽駅を発車
2…10時31分・JR車両が出発信号の現示に従い小野谷信号場を通過
実は、現地でこれを再現しようとすると「誤出発検知装置」なるものが作動して小野谷信号場の出発信号は停止現示(赤)に変わってしまう。では事故当日なぜ作動しなかったのか、これは不明のままらしい。
以下は運輸省鉄道局(当時)の事故原因調査結果報告書抜粋。
『誤出発検知が、事故当時正常に作動しなかった原因については、何らかの理由により信号回路が一時的に異常接続状態にあったものと推測されるが、断定できない』
1→2という順序になったのは単なる偶然で、この順序がひっくりかえっていれば「誤出発検知装置」は役に立たず、従って事故の責任所在を左右するものではないけれど、この事故を教訓にして今後どうするのかというとき、せっかくのバックアップ・システムが機能しなかったのは大問題になってくる。もし、筆者が事故被害者またはその家族であったなら、この点につき声を大にして主張し続けるだろう。「断定できない」では困るのである。
被害者やその支援組織が声を上げることを否定はしない。しかし、矛先を間違えては意味がないどころか、マイナスにしかならない。マスコミの報道もまた然り、である。
参考文献:「鉄道ジャーナル」1991年8月号・1993年4月号
後記。誤出発検知装置が作動しなかった理由は、お役所の事故原因調査報告書が公表されていくらも経たないうちに解明されていたらしい。もちろん、作動しなかった要因にJR西日本はまったく関与していない。
さらに後記。2019年6月、鉄道信号について勉強した気配もないままとんちんかんで過激な言動を繰り返していた『遺族の会』が解散。比較的穏当な福知山線脱線事故の遺族団体が、彼らとどう違うのか考えてみると、大きな「権利の衝突」を経験していることに思い当たる。
過激な一派が「福知山線の運転再開」に反対キャンヘーンを張ろうとしたとき、各駅周辺の特に個人事業主から「早く運転再開してもらわないと生活が成り立たない」と反撃されたのだ。これを経験したことで、信楽のグループが陥った「遺族=善・事故企業=悪」という極度に単純化された思考に陥る寸前で「自己検証回路」を獲得した、または過激な一派が主導権を失った、ということなのだろう。
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