機関車トーマス

 確か1990年の冬だったと思う。根室本線の急行「狩勝」で新得から富良野を経由し滝川へ向かっていたとき、座席の向かいに親子連れが座った。子供はまだ小学生に上がる前であろう、母親が絵本の「読み聞かせ」を始めたのだが、それが「機関車トーマス」であることに驚かされた。
 というのも、筆者は「機関車トーマス」シリーズの愛読者であったのだ。
 それは何ともマニアックな、と早合点することなかれ。愛読していたのは25年以上前の話である。当時は「汽車のえほん」というシリーズ名になっていた。発行元はポプラ社。
 その後、あれよあれよというまに「機関車トーマス」が巷にあふれたのは、テレビの子供番組で取り上げられたためらしい。必然的に、鉄道玩具の傑作「プラレール」にも登場したようだ。もちろん、というか当然というか、筆者にもプラレールで遊んでいた時代があり、残念ながら、その頃はトーマスとアニーとクララベルなんていうセットは存在しなかった(注:アニーとクララベルは客車の名前である。調べ直した訳ではないが、多分間違ってないだろうと思う)。
 乗り合わせた親子の持っていた絵本、翻訳の方は一字一句同じで(それが分かった自分にも驚いたけれど)、非常に懐かしく楽しい思いをさせて貰ったのだが、絵の方がまるで違う。10年ほど前に押し入れを整理していたら、奥から「汽車のえほん」全15巻(後に続編も出たらしい)が出てきて、それを捨てずに置いてあるので表紙をお目にかけることができるのだが、今のものは模型を写真に撮ったと思われるシロモノで、なんとも味気ない。
 「1975年再版」なんて奥付に書いてある手元の絵本には、巻末に翻訳者の言葉が添えてある。
『この絵本との初めての出会いは、オックスフォードのある本屋の店先でした。のどかな英国の田園を背景に、それぞれ個性をもった機関車が次々に登場する物語は、幼かった息子の愛読書となったばかりでなく、親にとっても大変楽しい読物となりました。(以下略)』
 この書き方からしても、「絵」の重要性は明らかではないだろうか。
 原作者ウィルバート・オードリーはテキストを書いただけで、絵はレジナルド・ドールビー(一部の巻はジョン・ケニー)作ということになっているけれども、やはり「絵あっての絵本」な訳で、再紹介(?)の際にどういう事情で切り離されたのか、もし仮に著作権料の節約などという理由ならば罪深い話である。テレビで紹介されたということは、絵を「動画化」したのかもしれず、それならば"原画"が使えないのは頷けるけれども、何も、それをまた「静止画化」する必要はない筈だ。
 筆者には、鉄道との接し方に「子供の興味」と「大人の趣味」との明らかな断絶があり、プロ野球観戦とソフトボールに明け暮れていた数年間(短い!)があった。そして、個人的な鉄道趣味の在り方 − 特に鉄道写真の撮り方は、1984年に小学館から刊行された『鉄道歳時記』の影響が大きいと思っている。しかし、海を背景にサイド気味の俯瞰というこの表紙を見ると、原点はやはり「汽車のえほん」なのかな、という気もしてくる。
 今からでも遅くはない。レジナルド・ドールビーらの絵と組み合わせた「機関車トーマス」を復活できないものだろうか?

後記。当初は絵本のオリジナル・イラストをプロトタイプにしていたらしいNゲージ模型も、2010年代に入って"CG版"に移行してしまった。実物の蒸機に「顔」を取りつける大井川鉄道に至っては「不気味」の一語に尽く。

 

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