ヘンな趣味の話

 何かモノがあれば必ず何処かにそれを集めている人間がいるもので、マニアの種類というのはモノの数だけあるのだなあ、としばしば感心する。もちろん「集める」対象はモノ自体に限らないので、それに関する情報でも趣味は成り立つ。
 学生時代の知人に貨車マニアがいて、鉄道研究会なるサークルの中で名言(?)を残している。ネガだったかプリントだったかは忘れたが、とにかくほぼ同じ角度から取ったタンク車の写真がズラリと並んでおり、彼の先輩が不思議そうに尋ねた。
「貨車を連写したのか?」
「いえ、全部違う形式なんです」
「でも、おんなじやないか」
「細かいところが色々と違うんですよ」
 その相違をなかなか理解して貰えず、とうとう彼はかなりの大声で言った。
「いや、だから、手スリが違うんです!」
 この気持ち、実は非常によく分かる。鉄道趣味においては、その手の「細部へのこだわり」は持ち合わせていないと、少なくとも自分では思っているけれど、音楽の分野で完全にその方向へ行ってしまった。
「いや、だから、第1楽章の〇〇小節で楽譜に書いてないティンパニが入るんです!」
「いや、だから、第3楽章のコーダで第1ヴァイオリンの音型が2箇所違うんです!」
 次元はなんら変わらないのである。だが、幸いなるかな、貨車の手スリに関する差異よりブルックナーの版に関する差異の方が世間一般には「通り」がよい。
 親類から貰った1970年代の鉄道誌には恐ろしい収集の話が載っていた。
 1970年代といえばSLブームのただ中。ナンバープレートや部品の盗難が横行していた頃の話である。機関車の一部を手元に置きたい気持ちはあっても、正規の手段で部品類を入手するのも難しい。そこで、蒸気機関車の吐き出す煤を集めた人がいたらしい。
 その方法は、手近の紙でキャブ(運転室)やテンダー(炭水車)をこするのがいい由。ボイラーにはなかなか手が届かないし、足回りだと油がべっとり付いてしまうそうだ。もっとも、そのご本人自身、「これがC57だ、これがC62だと言ってみても、石炭ストーブをこすったものと何ら変わりはなく、どう考えても一般化することはない」と認識しておられたとのこと。
 ここまでくるとフェティシズムに近い世界である。
 そろそろ、筆者のヘンな趣味を軽くご紹介しよう。
 一つは「ステーション・ビューのホテルは困る」話。旅行会社のパンフレットによく出てくる文句が「全室オーシャン・ビュー」で、和製英語かどうか知らないけれど、ホテル客室から海が見えることを指すらしい。一方、駅近くのビジネス・ホテルに投宿して、部屋のカーテンを開けてみると、しばしば駅構内が俯瞰出来る。これを称してステーション・ビュー(もちろん造語)。安宿の場合は眼前に隣のビルが立ちはだかることが多く、高い建物の少ない小規模都市か、中級以上のホテルであることが条件である。
 こういう部屋に当たると、つい時刻表を片手に窓辺へかじりつくことになり、実に忙しい。夜半に通過する列車を目当てに徹夜したりはしないけれど「しばらく目ぼしいのが来ないから今のうちにシャワーを浴びよう」とか「寝台特急の通過を見てから寝よう」とかいうことになって、プロ野球中継も有料放送も観ている暇がない。
 線路と直角に建ち障害物の少ない「全室ステーション・ビューのホテル」を何軒か知っている。旅行内容によっては意図的に避けなければならぬ。
 もう一つは「寝台車で夜景を楽しむ」ことである。(画像は敦賀駅に停車中の「日本海1号」)
 これは一般的な二段式B寝台では具合が悪く、電車三段式B寝台車の下段かA寝台下段(どちらも全滅寸前)、または個室寝台である必要がある。
 方法は至って簡単。寝台内または個室内の照明を完全に落とし、カーテンを開放する。最も好条件なのは冬の北国で、定期列車なら上りの「あけぼの」か「日本海」がよい。降り積もった雪に街の明かり、道路の照明灯、クルマのテールライトが反射して、非常に幻想的である。雪がなくても、夜景というものはそれなりに美しい。
 ただし、駅に停まると、外から見た場合に暗い個室からオッサンの顔がぼんやり浮かんでいるのは不気味に違いないから、急いで室内灯を点け、カーテンを閉じる。
 これまたなかなか忙しい。
 過去の記憶で強く印象に残っているのは、満月が日本海の水平線を照らした羽越本線(上り臨時寝台急行「あおもり」←これは偶然で「日本海」でも可)。それから、しばしば町全体を俯瞰することが出来る函館本線「山線」を厳冬期に通った上り臨時寝台特急「北斗星ニセコスキー号」。
 上り「あけぼの」A個室では、不愉快なのか愉快なのか分からない体験をした。
 ずっとカーテンを開け放っていたせいか、室内の温度が下がってきて、
 −ちょっと寒いなあ。
 ちょうど秋田駅に着いたので、カーテンを閉じて空調を強め、ベッドの上で膝を抱いた姿勢でしゃがみこみ、時刻表をペラペラめくっていたところ、個室の扉がひとつドンと叩かれ、
「なんだ、贅沢しやがって」
 しばらくの間きょとんとしていたが、どうやら、カーテンに透き間が空いており、ホームから室内が見えたらしい。妙な姿勢をしていたもので、子供が一人でA個室に乗っていると思われたようだ。
 廊下を覗いてみたときには、声の主は姿を消していた。
 個室のヌシが大人であっても、確かに贅沢な遊びには違いない。
後記。2008年の改正で「日本海」のA個室は廃止、「北斗星」も減便となり、選択の幅が狭まり過ぎて、夜行列車への関心自体が急激に薄れてしまった。一方、ホテル業界では「鉄道の見える部屋」をアピールするところが現れ、秋葉原には鉄道模型レイアウト付の部屋を設けたホテルまであるそうな。

 

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