寝台特急の凋落ぶりが指摘されるようになって久しい。筆者も滅多に乗らないけれど、これは遠方へ移動することが少ないためで、他の交通機関と宿泊施設へ移行した訳ではない。その数少ない機会には、寝台特急の利用が有力な選択肢なのだが、困ったことに切符が取れない。東北本線が本来の姿(実質的に上野−青森)を見せていた最後の夏、臨時寝台特急『夢・夏祭り号』というのに乗ろうとしたら、個室寝台券がどうしても取れなかった。新製寝台電車として話題になった"サンライズ"も、定期列車は走行時間が短くて物足りないので、松山延長の『瀬戸』か臨時の『サンライズゆめ』に乗ろうとして、お目当てのA寝台個室が取れず、現在に至るまで"サンライズ"には乗ったことがない。
そして今月(2004年7月)、しばらくぶりに東北遠征を計画したところ、予定していた日の『日本海4号』A個室は発売開始翌日でも空きがない。仕方なく(発売開始直後に当たる)一日後の列車を確保しておいたものの、日程的に実行可能かどうか微妙である。
そもそも、日本海(1号/4号)のA個室は10室しかないし、サンライズに至っては6室である。もう1両ずつほしいような気がするけれど、季節によっては利用が少ないのだろうか?
その辺りを知りたくて『鉄道ジャーナル』を立ち読みしてみても、何やらこのところピントが外れているような気がしてならない。定期購読を1995年に中断した後、年に1〜2冊は買っていたのだが、2002年10月号を最後にそれさえ途絶えてしまった。
以下は当該号の抜粋。
『個室に閉じこもっていては寝台列車の楽しみはないに等しい。それこそ、新幹線で出かけて一泊したほうがいいのではと余計なことも考える。個室寝台車は、夜行列車を利用せざるを得ない、あるいは夜行のほうが都合のいい人が利用するときに価値がある』
逆でしょう、と言いたくなるのは筆者だけだろうか。例えば『日本海』のB寝台車で「閉じこも」らずにどこへ行くのかしらん。まさか通路の折り畳み椅子じゃないだろうな。
以下は『トワイライトエクスプレス』の列車追跡(2002年7月号)から。
『夜行列車の醍醐味はユースホステルに似て、食後のだらだらタイムと見知らぬ人との後腐れない一夜限りの出会いだと思っていた(後略)』
察するに、現在『鉄道ジャーナル』誌編集部にはこういう価値観の人が集まっているのではないか。筆者は十代の頃から睡眠に関して神経質で、大学サークルの合宿や泊まりがけのコンパでは絶対に熟睡出来なかった質である(小説を書こうとするような人間には珍しくないようだが)。そのくせ寝台車の揺れは案外と平気なので、いきおい個室寝台車を愛用することになった。現在は睡眠剤を常備(幸い"常用"はしていない)しているほどで、どうしても睡眠の前後は機嫌が悪く、プライバシーが保てないのはかなりの苦痛である。だから学生時代も一人旅ではYHを利用したことがない。社会人になってからは、個室が取れなかったら昼間移動してホテルに一泊する、というパターンが定着している。
とんちんかんな「列車追跡」は続く。
『眺望満点であっても居心地がよければよいほど、どんどん周囲から閉ざされ眺望や外界から閉ざされ遮断されていく。だとすれば地上のホテルで1日休日を過ごすのと、21時間を線路の上をスイートで過ごすのとにどれだけの差があるのかという話になりかねない』
これに至ってはまったく意味が分からない。地上のホテルにいたら、翌朝目が覚めたときに千数百キロの距離を移動していたりはしないのだから。南千歳で下車し、飛行機でとんぼ返りするのなら別だろうげど、そんな人はあまりいないだろう。
とりあえず"列車の中のホステラー"たちは放っておいて、独自の視点から話を進めていくと、走らせる側から見て「A個室寝台は儲からない」という事実にぶつかる。
『日本海』の共用シャワー付A個室寝台車を例に計算してみよう。
A個室寝台の乗客一人が支払う特急料金+寝台料金は16,500円。10室全てが埋まったとして165,000円の料金収入が上がる。同じ収入が、開放型B寝台車では17.46人で得られる、つまり定員34人のB寝台車1両に18人乗っただけで追いついてしまうことになる。以上は料金だけの計算で、機械的に大阪〜青森の運賃を加えて同じ割り算をすると、なんと13.15人という数字が出てくる。定員の半分 − 下段が埋まっただけでも「A個室寝台より収入が多い」のだから、比較的乗車率のよいとされる『日本海』で個室化が進まない訳である。1両連結されているだけでも有難く思うべきなのだろうか。(写真は「日本海1号」 湖西線 蓬莱−志賀)
列車によってはB寝台にも個室がある。学生時代はしばしば乗ったけれども、既に社会人だった1998年に西鹿児島→大阪間を『なは』で利用して以来、ご無沙汰している。開放型よりはくつろげるといっても、やっぱり狭い。同じ料金でも少し広い『北斗星』や『富士』『さくら』などは、大阪在住の筆者にとって利用機会そのものがない。あったとしてもA個室を志向してしまう。個室内にシャワーがあり、浴後に裸のまま出て来られる『北斗星』等の「ロイヤル」は何といっても快適である。
結局のところ、客が乗りたがるような寝台車は儲からない、儲かる寝台車に客は乗ってくれない、というのが寝台特急の実情といえないだろうか。
東京〜九州間の寝台特急に至っては、B寝台車の中にはほとんど空車で走っているものもあるらしい。とはいっても、A個室なら人気があるかといえばそうでもないようだ。筆者は幼少時に「ブルートレイン・ブーム」を体験しており、往時の憧れを引きずって一度だけ東京から『富士』のA個室に乗ったけれど、食堂車はおろか車内販売もなし、共用シャワーの設備もなしと、現実は徹底的に憧憬を破壊してくれた。
要するに、定員の多い三段式B寝台車に「やむなく」詰め込まれる人々が大勢いて、初めて食堂車なり車内販売なりの営業が成り立った訳である。彼らが飛行機や新幹線に乗り換えてしまった以上、かつての栄光を再現することは不可能だろう。しかし、今しばらく寝台特急を走らせ続ける意志があるのなら、まだ見込みのある『北斗星』系列に新製車(今度は一人用の個室もほしい)を追加投入し、浮いた「ロイヤル&ソロ(またはデュエット)」を1両ずつ九州方面行に回してみたらどうか。1列車に2室の「ロイヤル」が九州特急でも埋まるか否か、試してみても面白いと思う。少なくとも、新製電車寝台で九州方面寝台特急の活性化を、なんていう案より現実的ではないか。せめて、国鉄型A個室の客室を2つほど潰してシャワー室を設けてほしい。
薄利多売の「ゴロンとシート」より、多少高くても構わないから(特急料金が新幹線に比べて安いので、寝台料金の高さはかなり相殺される。この点があまり指摘されないのは不思議である)設備のいい個室寝台がもっと増えてほしいと願っているのは筆者だけではない筈だ。
後記。2008年の改正で「日本海」が減便となり、同時にA個室が消滅。もう二度と乗らないから、残った列車が今後どうなろうが知ったこっちゃない。2009年には九州への「夜行列車」が消滅した。
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