特別急行1列車

 まず、この場を借りてひとつお詫びしておく必要があるかもしれない。もし、(2004年)7月19日に上野を発つ「北斗星1号」の一人用B寝台個室"ソロ"に乗ろうと考えて、寝台券が取れなかった方がおられたら、申し訳ない。といっても、筆者が「買い占めた」りした訳ではないのだけれど、その日の9号車7番個室はからっぽのまま青函トンネルをくぐり、室蘭本線を駆け抜けた筈である。
 乗り遅れたのではない。実は盛岡で降りてしまったのだ。
 このコーナーの前回記事中に『「日本海4号」のA個室を狙ったものの、予定の日より1日後の列車しか取れず、実行可能かどうか微妙』という意味のことを書いた。これが、日程以外の理由で実行不可能になってしまった。
 行程計画も煮詰まってきて、旅費の計算をしようと時刻表の巻末を開いたら、3月号には確かに載っていた『周遊きっぷ青函ゾーン』がなくなっているではないか! 行程そのものがこのゾーンを前提に作ってあったので、地盤から崩壊したような状態、もうどうしようもない。
 函館へ足を延ばすのは諦めたが、どうも青森から「日本海4号」に乗るのは気が進まない。湾越しに函館山を望む江差線の車窓、揺れの少ない青函トンネル内を走行中に浴びるシャワーという要素が欠けると、列車自体の魅力が半減してしまう(雪景色を堪能できる冬ならまだいいのだけれど)。一度、奥羽本線内でシャワーを使っていたら、単線区間が多いのでしばしば分岐器の通過があり、よろめいて浴室の壁にしたたか頭をぶっつけたことがある。
 A個室寝台券を何に変更したものか、あれこれ考えながら時刻表の巻末料金表を眺めていたら、妙なことに気が付いた。
 東北新幹線の盛岡から(筆者は在来線切り捨て前提の整備新幹線を絶対に認めないので、盛岡以北は意地でも利用しないことにしている)東京まで、もしグリーン車を利用した場合、特急料金5,140円、グリーン料金4,000円で、計9,140円にもなる。あれ? もしかして……と思って試算してみたら、なんと「北斗星」のB寝台なら9,130円(在来線の特急料金2,830円、B寝台料金6,300円)なのである。
 新幹線は東京までの料金だから、同じ盛岡−上野で計算すると新幹線グリーン車の方が逆に190円安くはなるけれど、グリーン車とB寝台個室(ソロ)がほぼ同額?
 もっとも、上りでは「北斗星4号」の盛岡発が午前4時35分。乗ってからもうひと眠りするのも可能とはいえ、やっぱりこれはしんどいばかりで馬鹿馬鹿しい。一方、下りなら「北斗星1号」の盛岡着は23時29分。少々遅いけれども、日頃からまだ起きている時刻だし、最終「はやて」の23時27分着、最終「やまびこ」の23時31分着と同程度である。もうひとつ無意味な比較をしてみると、1979年の時刻表によれば上野発16時33分の特急「やまびこ7号」は盛岡着が22時59分。電車対客車の勝負は明らかで、特に仙台以北で停車駅がかなり少ないのに所要時分は「北斗星」の方が13分ほど長いけれど、運転時間帯がほぼ同じというのも面白い。
 これだ、とばかりに窓口で「日本海4号」からの変更を頼んでみたら、取れた取れた、「北斗星1号」のB個室が! この列車は一般への発売開始となる1ヶ月前時点では旅行会社がツアー用に抱え込んでいて7〜9月の下りともなるとまず取れない。1週間ほど前がむしろ好機なのである。最近の寝台券には着時刻も印字されているのに、窓口係員の女性は「夜を越さない寝台券」であることに気づいてもいない様子であった。
 「日本海」ではA個室利用の予定だったから、ホテルのインターネット予約が割安であることも手伝って、B個室との差額で宿泊費まで捻出が可能であった。やむを得ず……の行程変更がこれほど上手くいくことは滅多にない。
 ……と、出発前に大喜びしているとロクなことが起こらない。
 色々と比較検討した結果、一筆書き片道普通乗車券より「周遊きっぷ田沢湖・十和田湖ゾーン」にゾーンから飛び出す区間の普通乗車券を加えた方が、結局は安くなることが判明したのだが、出発を目前にした日に新潟で集中豪雨があって、信越本線・羽越本線が一部区間で運転見合わせとなってしまった。
 こうした状況下では、払い戻しや変更に制約の多い「周遊きっぷ」は不利である。急行「かすが」を使って往路を関西本線経由とし、乗る気のない盛岡・八戸間は乗車券のみ新幹線ルートとして(実際は別に切符を買って盛岡→角館→比立内→鷹巣→青森というルート。「並行在来線」を引き継いだ第3セクターがせめて、北越急行で普通列車に使っているような車両を導入してくれていたら、喜んで乗るのだが……)、大阪市内発大阪市内行の普通乗車券を作って出発した。結果は散々で、新潟に続いて福井でも集中豪雨があったことから撮影予定の「日本海」は運休、そのくせ帰る直前に復旧して「普通乗車券の利点」も活かせずじまい。ひたすら「乗りに」行ったような旅になってしまった。
 それでも、やはり「東北本線特別急行1列車」の旅は快適であった。車掌は「もったいない」と笑っていたが(北海道まで行くつもりが日程のやりくりがつかなくなって、せっかく個室が取れたのだからとにかく乗るだけでも、と思って……とか言ってごまかしておいた)、夕闇に溶けて行く水田や山並、通過する駅々の表情、適度な速さで流れ去る町の明かりなど、無機的な新幹線では決して味わえない旅情を堪能することが出来た。
 ただ、やはり23時29分着は遅過ぎたようである。
 入れ替わりに何人か「北斗星1号」に乗る客はいたものの、ホームも階段も静まりかえっており、改札口の係員が『あの客、どこから来たんだ?』と言いたげに怪訝そうな顔を向けるものだから(新幹線連絡改札はと方角が違う)、仕方なく寝台券を渡してしまい、お蔭で画像を掲載することが出来なくなった。出発前はバタバタしていて、スキャニングする暇がなかったのが悔やまれる。
 改札氏は俗に言う「目が点」の状態で券面を見詰め、乗車券を示して「途中下車」と言ったのも耳に入らない様子で、だからといってそれ以上に相手をする必要もないから、そのままホテルを目指して歩を速めた。もし改札氏が感じの悪い対応をしたら『値段は新幹線のグリーン車と変わらない。新幹線の特急料金が不当に高過ぎる』とか言ってやっただろうけど……。
 上野出発時にもう陽が暮れる冬場はともかく、夏場もし機会があったら、21時11分着の仙台まででもまた利用する価値はあると思っている。新幹線グリーン車8,300円、北斗星B寝台8,820円で、盛岡までより"割高"にはなるものの『新幹線グリーン車の料金にちょっぴりプラスするだけで「北斗星」のB個室』というのは、ほとんど"悪魔の囁き"であると、筆者は思うのだが。

後記。2008年春、それまで定期2往復・不定期1往復を維持してきた「北斗星」が突然定期1往復のみに減らされてしまった(本文の「北斗星1号」に相当するスジは消滅)。どういうことなのかと思ったら、青函トンネルでの新幹線工事に邪魔だから、という理由らしい。整備新幹線と高速道路が日本の「旅」を駄目にするんだなぁ、としみじみ思う。小泉純一郎が「郵政嫌い」じゃなくて「整備新幹線嫌い」だったらどんなに良かったろう、と無意味な夢想をしてみたりもする。

 

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