マスコミ不信

 2005年4月25日、JR西日本福知山線尼崎−塚口間において上り電車が脱線、線路際のマンションに突っ込んで死者100人を越す惨事となった。

 以前にもこのコーナーに書いたことがあるけれど、事故が起こる度に、その後の報道に腹が立って仕方がない。今回、最初に怒りを覚えたのは、事故発生後第1回目の記者会見である。
 会社側から「事故原因については調査中で、現時点では情報がない」という説明があった途端、ほとんどヒステリックといってよい甲高い声で"野次"が飛んだ。前半は忘れたが、確か「情報がない筈はない」という意味の言葉、そして最後が「人間が死んでるんやで」これははっきり覚えている。
 オーディオ装置のチューナーでテレビ音声だけを聞いていたが、思わず「なんやねん、それ」と呟いたものである。
 筆者は比較的我慢強い質だと、自分では思っている。しかし例外があって、筋の通らない侮辱に対しては、それが他人に対するものであっても敏感に反応してしまう。筆者が会見をしなければならぬ立場だったら、頭に血が昇ってしまい、「今、なんと言われましたか? おっしゃる通り、大勢亡くなっておりますし、負傷者も多数出ております。従いまして、現在、総力で救助活動に当たっており、原因究明に着手出来る状況ではございません。その点をご納得いただけなないなら、私にここで腹を切れということですか」などと突っかかりかねない。
 政治家が事実に反することを公の場で述べれば、やがてその責任を負わされる。
 企業の広報担当あるいは経営者であっても、同じことになる。
 しかし、テレビや新聞が単なる憶測を並べ立て、後になってそれが事実に反すると分かっても、ほとんど追求されることがない。個人に対する明らかな名誉毀損でさえ、報道の自由を盾にほとんど認めようとしない。あまりに理不尽ではないか。
 尼崎事故の数ヶ月前に、土佐くろしお鉄道宿毛駅で特急列車が似たような経過(「原因」の話ではない)の事故を起こしている。
 このときは、概ね駅ごとに客が降りて行く一方と思われる列車の終着駅で、しかも自由席車が後部で先頭はグリーン車という幸運に救われ、乗客に死者は出なかった。そして、単なる「僥倖」であるにもかかわらず、「客」側に死者・重傷者がなかったというだけで、報道も少なく、すぐに忘れられてしまった感がある。
 宿毛事故の経過が明らかになった際、筆者が感じたのは、「いったい何のためのATSなのか」という疑問であった。運転士に心身の異常が発生した際、事故につながらないようにバックアップする目的である筈の装置が、宿毛ではほとんど機能していない。あれでは「そういう規則があるから」設置した、というだけのものだったとしか考えられない。ごく最近に開業した鉄道で、やろうと思えば地上側設備だけの対応でもっと何とかなったろう。
 それを指摘した新聞なりテレビ局があったのだろうか?
 事故の総件数が減っているのは事実だから、その上にあぐらをかいて、鉄道全体の安全に対する意識がどこか緩んでいるのではないかと、宿毛の事故から漠然とした不安を覚えていたら、今回の惨事である(宿毛事故の後、このコーナーでその辺りのことを発表しようと試みたが、文章がまとまらなかったのは痛恨の極みで、何か起きてから「オレは前からそう思っていた」などと胸を張るのは好ましくないのだが……)。
 補足。大手私鉄の場合、ターミナルは行き止まり式が多いため、早くから『終端用ATS』という専用のシステムが開発されてきた。一方、旧国鉄では行き止まり駅の大多数があまり速度を出さないローカル線で、全国一律のATS「S型」はそうした状況を前提に作られている(地上と車両の信号伝達方法が異なる旧国電区間用の「B型」も実際の動作は同じ)。例外的な構造の阪和線天王寺駅で事故が2度起きてから、S型やB型とは根本的な考え方の異なる「P型」が実用化された。蛇足ながら、P型は昭和50年代から関西本線の西側電化区間で試験が行われていたのに、国鉄再建のあおりで中断されている。
 尼崎事故の報道で、読売新聞は筆者の持つ知識および情報で断定出来る範囲内だけでも2度、事実に反する記事を載せている。ひとつは「後続の快速電車にも追突の危険があった(5月1日・朝刊)」というもの。後続列車の運転士が事故列車と同程度かそれ以上のルール違反をやらない限り、追突など起こり得ない。信号回路が事故の影響を受けていなければ問題ないことはもちろん、破損していれば後方の信号機は「赤」に固定、損傷の程度によっては消灯し、いずれの場合も後続列車はそこで止まる。もうひとつは画像に掲載した個所(4月29日朝刊・赤線は筆者による)。ATS−P型は6月工事開始ではなく運用開始で、これは「もう少しで間に合わなかった、不運だった」という印象を読者に与えまいとして故意に捻じ曲げられた疑いが強い。これも蛇足を述べれば、「塚口を越えると」で始まるセンテンスは日本語の体をなしておらず、何が言いたいのかさっぱり分からない。
 事故を起こした会社だから記者会見の説明が(情報不足が原因で)二転三転するのはけしからん、それを追及するのが報道の役目だから(情報不足による)多少の誤報は許される、という考えが根底にあるとすれば、傲慢と言わざるを得ない。
 ここ数年、筆者は鉄道への愛着というか情熱が急速に衰えており、最新情報入手を心掛ける習慣を失ってしまったので、福知山線のATSが未だに全区間SW型(SWは「S型」を改良したもので、基本的な考え方に差異はない)であることを知らなかった。
 速度超過が云々という報道を聞いたとき、
「尼崎〜塚口ならATS−Pだろ? ATSの電源投入失念か」
 などと、思い切り的外れなことを考えたものである。やはり、JR東西線開通時には新三田まで「P型」を導入しておくべきだったろう。加古川線を電化する"余裕"があるのなら……。それから、事故後の対応は極めて杜撰としかいいようがない。車掌がすぐ防護無線を使用しなかった点はもっと指弾されてしかるべきだと思う。
 信楽事故の遺族会とやらが相変わらず「素人考え」の典型で訳の分からない声明を出しているが、今回重大なのは(信楽事故ではなく)鶴見事故や三河島事故の教訓が忘れられていたこと。乗務員室扉の窓から顔を出しただけですぐ分かる脱線の事実に気づくまで2分もかかったのは尋常ではなく、マスコミが本来追求すべきはこちらの方である。遠因と称してJR西日本の経営体質まで指摘しはじめたら、結局は「民営化なんかするからだ」という結論になってしまう(海外メディアは別にして、ここまで言及したケースはどういう訳か見たことがない)。
 NHKに出演した専門家は、「置き石」が否定された後も、なお「粉砕痕」に注目すべきだと述べている。脱線時に撥ね上げられたバラストを後部車両が踏んだにしては位置が後方過ぎる、というのは説得力がある。また、速度超過だけが原因だとは考えにくい、との指摘も複数からなされている(この2点について、読売新聞は途中から完全無視で、JR西日本が「粉砕痕」の写真を公表したことへの批判まで展開している)。
 現場に建っていたのが大きなマンションではなくトタン張りの町工場なんぞであれば、乗客以外に犠牲者の出た可能性と引き換えに死者数は半分以下で済んだろうし(こういうこともマスコミは絶対に言わない)、ATS−P運用開始2ヶ月前というのも、宿毛事故の幸運から一転して不運が重なったといえる。今回のケースに関する限り、車両の強度を指摘するのは素人が考えたって見当違いで、それが現実的かどうかはともかくもし車両が原型を留めるほど頑丈に出来ていれば、おそらくマンションが倒壊することになる。
 時代遅れのシステムであることは否めないATS−S系列にせよ、設置のきっかけは大きな事故であった。今回の事故を教訓に、少なくとも主要幹線全般に新しいP型が広がることになれば、亡くなられた方もいくらかは浮かばれようが、本州3社が完全民営化された現在では無理かもしれない。。
(線区によっては、整備新幹線の行方を睨んで投資が控えられるという「歪み」が生じている。人口減社会の到来を目前に、ほとんど妄想のように地域活性化と新幹線を結び付ける地方自治体を憎む)
 事故の被害者、およびその家族に望みたいこと。
 JR西日本の幹部個人に向かっての罵詈雑言だけはやめていただきたい(こんなところでいくら主張しても無駄だろうが)。JR西日本の肩を持つ訳ではない。たとえ会社の代表であっても、彼らはそれぞれ一人の人間である。むろん、幹部その人は責任を感じてしかるべきだろう。しかしながら、彼らにも家族がいる。その家族に何ら罪はない。事故の被害者だからといって、その無関係な「家族」に苦痛を与える権利はない筈だ。責任追及は"言葉の暴力"ではなく、あくまで司法を通じて行われるべきである。
 そしてマスコミ取材においても、言葉の暴力が許されてはならない。
 事故後、連鎖反応のように停止位置過走が起きており、マスコミがほとんど「大喜びで」槍玉に挙げているが、自社で大事故が起きたため運転中に普段より緊張し、乗務終了まで集中力が続かなくなったものと推測され、不思議なことではない。マスコミが騒げば騒ぐほど、この状況は長引くだろうと思われる。もっとも、停止位置過走それ自体は信号冒進と違い特に危険なものではない。
(後記。防護無線は、車掌が「使用しなかった」のではなく「非常用電源への切替法を知らず使えなかった」らしい。これは非常に大きな問題だと筆者は考えるが、マスコミは黙殺している。また、事故の経過が解明されればされるほど、脱線そのものに関しては会社の体質より「運転士個人の責任」が大きかったような気がしてくる。過去にも運転中にミスが多かったと言われており、再教育の在り方よりも、不適格として運転士以外の職場へさっさと配置転換を命じなかったことの方が問題なのではないだろうか?)

 

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