鉄道運賃は安過ぎる?

 官能検査研究室という妙な名称の部署に、かつて国家公務員として勤めていた西丸震哉氏は、1970年代に環境汚染による地球寒冷化説を発表していた。素人向けに書かれた書物ではかなり説得力のある論理展開がなされていたけれど、昨今の状況を見るに、やはり寒冷化説は旗色が悪いようだ。いわゆる「日本海縦貫線」秋田以南で雪景色を撮るのが何と難しくなったことか!(もっとも、北日本は2シーズン連続の大雪だったが)
 この人が書いたものを色々と読んでみると、なんのことはない、氏は寒帯の山が大好きで、自分の生きているうちに山岳地帯の気象が寒冷化することを期待する文章がはっきり書かれてあったりして苦笑を誘う。

 天気予報というものは、ある目的をもって−、例えばあした自分は釣に行くんだとか子供の遠足があるとか、そんなことを考えながら出すと不思議にあたらないものだそうである。(阿川弘之『私記キスカ撤退』文春文庫)

 というのと同じことらしい。
 例によって何の話か分からないような書き出しになった。
 実は、昨年(2005年)3月号の時刻表を見て、筆者はびっくり仰天してしまったのだ。のと鉄道能登線と日立電鉄の廃止は知っていたが、名鉄の"新岐阜(名鉄岐阜←いつの間に変わったんだ?)以北"が全滅するというのは寝耳に水であった。美濃町線はともかく、揖斐線は終日15分間隔で「都市交通」としてそれなりに機能していると思い込んでいた。
 まさか廃止とは……。
(画像は岐阜市内線新岐阜駅前付近。1993. 8)
 どうも、筆者には鉄道の客観的な需要予測など不可能なようである。工事再開時から「どういう存在意義があるの?」と不審に思った阿佐海岸鉄道や井原鉄道が、案の定、当初予測以上に経営不振であるという"的中例"もあるにはあるけれど。
 とにかく、赤字とあらばこれは仕方があるまい。

 平成14年度に年間83万人の利用客がある路線(筆者注、のと鉄道能登線)を、赤字だけを理由に切り捨ててよいのか、少し疑問を感じてしまう。(寺田裕一『ローカル私鉄列車ダイヤ25年』JTB)

 じゃあどうしろというのか、自治体に補填して貰う訳にいかないから廃止が決まったのだろうし、旧国鉄よろしく赤字をどんどん累積させるのも不可能だろう。
 筆者が納得いかないのは、むしろ黒字に関してである。
 智頭急行の2002年度黒字額は6億円以上だという(かつて不採算路線として工事が凍結された筈なのに)。三木鉄道の赤字額が年間6千万円というから、北条鉄道に若桜鉄道を加えても十分に「養っていける」計算になるではないか。
 黒字の6億円はいったいどこへ行くのか?
 国鉄時代には、東海道新幹線や首都圏輸送の利益で標津線や天北線の赤字まで帳消しにし、1984年度以降は全国規模で見て黒字を達成していたのである。それから20年経って、特に地方の鉄道利用客が大幅に減ったのは確かだろうが、それに合わせて既に相当距離の路線が姿を消している。
 現存する旧国鉄線を合わせて計算したら、やはり赤字が出るのだろうか?
 もし黒字が出るとしたら、民営化はともかく"分割"とは何だったのか、"特定地方交通線"とは何だったのか、もう一度検証してみるべきであろう。
 公共交通機関である以上、赤字は困るとしても、利益が多ければ多いほどよろしい、という考え方は、鉄道の将来のためにも改める必要がある。例えば智頭急行経由の特急「スーパーはくと」は、多客ピーク時でなくとも自由席には立客のある列車が多い。JR東日本が、あんなに車両(車内設備)の水準を落として乗客を詰め込まないと経営が成り立たない状況にあるとはとても思えない。
 いっそのこと、公共交通機関が黒字を出したらその9割を召し上げ、経営改善の尻を叩きつつ赤字のところに回したらどうかと思う。そうすれば、JR東日本ももう少しまともな車両を作るようになるかもしれない。
 数回しか乗ったことがないので極めて乱暴ではあるけれど、名鉄揖斐線の運行本数と利用客の水準で会社全体の経営を揺るがすほどの赤字が出るとすれば、結局のところ運賃が安過ぎるのではないだろうか。
 これは何も名鉄に限らない。
 もっとも、鉄道だけが運賃を上げる訳にもいかず、この調子で話を進めていくと、市場経済の限界などという恐ろしい論点になってしまいそうだからこの辺でやめておく。

 

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