人命の重さ

 2005年は土佐くろしお鉄道宿毛駅の事故に始まり、羽越本線最上川橋梁付近の事故に終わるという、鉄道(会社)にとっては散々の1年であった。
 それにしても、鉄道事故となるとなぜ報道機関はかくもヒステリックになるのだろう。
 年末のニュースで、年間の交通事故による死者が7千人を下回って、何年か連続の減少だと言っていた。交通事故、とひとくくりにされてはいるけれど、このうちの何割かは、歩道のない道路を歩いていたり、青信号で横断歩道を渡っていてクルマにはねられた事例であると思われる。ルールを守っていながら命を失った以上、公共交通機関の事故に巻き込まれたのと被害者側の心境に変わりはない筈なのに、遺族の言葉なんていうのが紹介されているのはほとんど(全く……ではないかもしれないが)見たことがない。道路交通においては、2005〜2006の年末年始だけでなんと106人亡くなったそうな。福知山線事故の死者107人という数字には運転士が含まれているので、乗客の犠牲者はピッタリ同じ106人! 報道における「人命の重さ」の差別は凄まじいというほかない。
 福知山線の事故では確かに大勢が亡くなった。その遺族の発言を聞いていると、一度に106人亡くなったことで人間ひとりの「命の重さ」が106倍になったと勘違いしていませんか? と言いたくなる。
 直接の知り合いではないけれど、同じ文芸同人誌に所属する男性が、交通事故で娘さんを亡くした。道路を横断中、自家用車にはねられたもので、横断歩道の信号が青だったことはほぼ間違いないらしいのだが、運転者側は偽の証人を仕立てて「車道側の信号が青だった」という嘘まで述べさせたにもかかわらず、最終的には僅か30万円の罰金ということで決着してしまった。
 事故と偽証は別の事柄である、ということになったのか、法的な手続きがどうなっていたかまで把握していないのでよく分からない。
 確かなのは、歩行者側に落ち度がない場合の運転者側への罰則が軽すぎることだ。歩道のない道路でクルマにはねられた事例なら、鉄道事故報道の発想でいけば、歩道を設けなかった道路管理者の責任が問われなければ論理的整合性を欠くことになる。また、「人命の重さ」に差がないとすれば、JR西日本は3210万円の罰金を「国に」支払えばそれで済むことになってしまう。
 道路交通の事故で運転者側をあまり槍玉にあげていると、いつか自分が「加害者」になったときに困るから手控えよう、という気持ちが報道機関にかかわる個々の人間に潜んでいるとしたら、これは許しがたいことだ。鉄道信号に何ら知識がない癖にJR西日本の保安システムについてガタカタ言うくらいなら、生涯鉄道を利用せず、はるかに危険な道路交通だけ利用していればよい。鉄道利用を強制されてはいない筈だ。
 テレビや新聞が「安全であるべき鉄道で事故が相次いだ」といくら"馬鹿騒ぎ"したところで、100パーセント安全な交通機関などはあり得ないし、鉄道でこれだけ重大事故が続いてもその死者数は道路交通の20分の1以下である。振り返ってみると、2004年までの数年間、在来線の保安システムが劇的に向上した訳でもないのにJRグループで大きな事故が少な過ぎたような気もする。
 以前にもこのコーナーで書いたように、宿毛での事故は幸運に恵まれて乗客側に死者が出なかった。もしJR四国が特急の編成を逆方向に設定していたなら、相当数の死者が出ていたに違いない。残念ながら、そんな「幸運」は続かなかった。報道機関は絶対に触れないことだが、福知山線の事故で大勢亡くなったのは「脱線したから」ではなくて「運悪く脱線現場に大きなマンションが建っていたから」なのである。羽越本線で突風に遭遇したのが下り特急だったなら、乗客の集中する自由席車が後ろ寄りになるから、死傷者の数は大幅に少なくて済んだろう。
 すべては運・不運である。
 罰金30万円で決着し、それきり忘れられてしまった被害者遺族に比べれば、その気になれば加害者側の企業や報道機関が相手をしてくれる鉄道事故被害者は恵まれている。相対的に見て恵まれ過ぎているとあえて言いたい。
 話は変わるが、「鉄道ジャーナル」2005年12月号の編集後記欄に『……立野が大雨のため豊肥本線は運行を見合わせているとのこと。子供のころから鉄道で20万キロ以上の旅をしてきましたが初めてのハプニングで、正直のところ戸惑いました』とあるのをみて、そんな人もいるのか! と筆者は心底驚いた。
 旅先でやたらと運休やら大幅遅延やらにぶつかるのは、旅行回数が多いためではなくて、運に見放されているというのが事実らしい。正確に集計した訳ではないけれど、踏切で無謀横断があって5分遅れた……なんていうのは含まない、ダイヤが大きく乱れて予定の列車に乗れなかったような事例だけ取り上げても、全旅行数の2割以上になることは確実である。
 もっとも、これだけ頻繁に小さなハプニングに見舞われていれば、きっと大きな事故に遭うことはないだろうと、プラス思考(?)で鉄道の旅を続けようと思っている。

 

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