テツは多軸分類すべし

 光文社新書から『テツはこう乗る』という本が出ている(著者:野田隆)。鉄道愛好者の行動と心理を「一般人向け」に解説したとでもいうべき内容だが、初めの方を読んで店頭で吹き出しかけ、早速購入したものの、後半はあまり該当するところがなかった。各見出しを「テツは……する」と一括りに片付けられると、じゃあ俺はテツではないのかしらん、と思いたくもなる。
 そもそも、鉄道趣味というのは活動内容が人によって千差万別である。筆者など、大学で鉄道研に入ったとき「趣味の合う相手があまりにも少ない」ことに驚かされたほどである。宮脇俊三氏を初め多くの方が分類を試みているけれども、自身が詳しくない分野にどうしても穴が生じる。
 『テツはこう乗る』に出てくる「乗りテツ」「撮りテツ」「収集テツ」「模型テツ」の分類と『そのいくつかをかけ持ちして楽しんでいるのが、おおかたのテツのスタイル』であるのは確かだが、レールの上を走るものなら何でも興味の対象という流派はむしろ少数なので、そこから趣味のすれ違いが起こる。
 あまり提唱されたことのない分類として、筆者は「日常派」と「非日常派」というのを挙げてみたい。
 好例として、大学時代の思い出話をひとつ。
 部室代わりの学生大食堂に行くと、後輩連中による会話の一部が耳に入ってきた。
「……中央線に24系が入るらしい……」
 JRの中央本線に寝台車が走る話と思いこみ、思わず、
「へえ。団臨? 多客臨?」と口を挟んだところ、相手は一瞬きょとんとしてから、
「(大阪市営)地下鉄の話ですよ」
 筆者は現在も大阪府在住だが、地下鉄電車の形式は昔から全然知らない。一方で「国鉄型」の気動車ならほぼ完璧に把握している。すなわち、趣味が「旅」と直結した完全な「非日常派」で、北浜駅と聞くと市営地下鉄より先に釧網本線を連想してしまう。上に挙げた後輩の場合、日常派と非日常派の掛け持ちでやや後者に比重あり、という認識を持っていたから、つい勘違いしてしまった。
 蛇足ながら、"団臨"とは団体臨時列車の略であり、"多客臨"とは時刻表に掲載される一般の臨時列車を指す。そもそも日常派には無縁のコトバであろう。相手が専ら身近な通勤電車を興味の対象とする「完全な」日常派であれば、趣味が合わないことを初めから承知しているので、このような誤解はむしろ少ない。
 鉄道趣味歴にも二通りあって、子供の頃から鉄道が好きでそのまま大人になった型と、「幼少時の興味」と「大人の趣味」とが完全に分断されている型……つまり十代前半頃に一旦鉄道から関心を失い、何かのきっかけで再び興味を持ちだした型とがある。サンプル数が少ないので断定は危険だが、日常派には前者が多いように思われる。
 実は「非日常派」の下に、もう一段「日常型」と「非日常型」の分類がある。
 『テツはこう乗る』に戻って少し引用しよう。

 赤字などの理由で路線が廃止になるときも、全国のテツは別れを惜しみにやって来る。
(中略)日常の列車の姿を記録に残そうと考えるテツは、廃止の1カ月以上前に沿線に出没するのだ。彼はお祭りが好きでないようだ。

 好きでないようだ……という書き方からして、この著者はお祭りが好きなようだ(笑)。筆者の場合、原則として廃止が決まった路線は訪問対象地から外すことにしているので(「例外のない原則はない」という言葉も添えておかねばならぬ)、かなり極端な「非日常派の日常型」ということになる。妙ちきりんな臨時列車は好きでも、それが蒸気機関車の牽引だったり「トロッコ車両」だったりすると、たちまち興味が失せる。
 これも学生時代の思い出。
 東北本線で撮影中、行程の都合で1本しか撮れない普通客車列車を心待ちにしていたら、側面に「EF81」と大書きした機関車(お座敷列車の専用機)がやってきて愕然とした。筆者は車体に「デザインとして」文字や絵を描いた車両が大嫌いなのである(だから現在のJR九州は見るのも厭だ)。
 ところが、この写真を見て、ある後輩が非常に羨ましがった。
 件の専用機が普通客車列車を牽くのは珍しいのだそうである。彼は専らお座敷列車や「珍しい組み合わせの編成」による団体臨時列車なんぞを追いかけており、同様の趣味傾向は同期生や先輩にもいて明らかな一派を形成していた。この中には、阪神大震災で自身が負傷しながらも、播但線を迂回運転する寝台特急を撮りに行った男までいる(これは、むしろ被災者ゆえに胸を張って撮影に行けたという側面もあるが)。
 彼らは「非日常派の非日常型」ということになるけれど、だからといってこの型が必ず廃止決定路線の最終日に執念を燃やす訳でもないので、分類はさらに複雑とならざるを得ない。
 こう考えていくと、よく「鉄道研究会」なんていう大学サークルが成り立つものだと感心する。筆者がかつて所属していた団体は、機関誌を年に1冊発行することになっていたが、編集担当者たる副会長がこれに情熱を注ぐと必ずモメ事が起こるので(実は筆者自身がひどい目に遭った)、そのためかあらぬか現在は休刊になってしまった由。漫画やアニメのサークルと違い、本を作るのが主目的の集まりではないから無理もない。
 最後に、筆者が在籍していた頃には「伝説」だけが残っていた珍問答を紹介しておく。1980年代後半のことらしい。
「今度、大沼公園へ白鳥を撮りに行くんだ」
「エッ? 北海道の非電化区間まで乗り入れるのか!?」
「……鳥のハクチョウだよ」
 当時、「白鳥」は大阪〜青森間の長距離昼行特急であった。

 

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