女性の鉄道愛好家が急増しているらしい。
噂はちょいちょい聞いていたが、初めて「本物」に遭遇した。上越線湯檜曽駅、それも特殊なイベント列車など通らない、ごく平凡かつ平穏な秋の日のことである。
有名なループ線を撮影できる上りホームの先端に三脚を据えて念入りに構図を定めてから、特に意味もなく辺りを見回していたところ、ちょうど屋根の途切れるところに人影があった。
初めは(なぜか)中年太りしたおばさんに見え、それがこちらに向かってカメラを構えているので、
−ループ線に興味があるとは奇特なこと。まさか「ホーム端に三脚を立ててる鉄道マニア」が物珍しいのではないだろうな……
などと思いながら眺めていたら、向こうさんはカメラを構えたり降ろしたりしながら段々近づいてきた。すると、中年太りどころか痩せ形の、しかも「おばさん」と呼ぶには失礼な齢らしいのが判明した。どうして初めは全く違うふうに見えたのかは謎である。カメラの向きで、明らかに被写体は「ループ線」であることも分かった。
画面に占める空の面積と光線状態、それに電車の塗装(白系は厄介である)といった条件から、露出補正値をどうするか思案していたのだが、やはり背後の女性が気になる。かといって、挨拶するにはちょっと距離があり過ぎた。
後ろを気にしている気配を相手も察したらしく、相変わらずカメラを構えたり降ろしたりしながら、声をかけるのに適当なところまできた。年齢不詳、といってもおそらくこちらの齢からプラスマイナス5年以内であろう。
「お早うございまーす」
無難に挨拶したら、相手はループ線を指して、
「もうすぐですよねえ」
まず挨拶くらい返したらどうだ? と少しばかり憤慨しつつも、電車の時刻まで把握しているのか、なかなかやるぞ、と感心して手製のダイヤグラムを調べ直す。
「土合発が10時19分だから、22分から23分くらいですね」
その後の会話がとんでもないことになった。どっちの台詞か明記しておかないと混乱すること請け合いだから、対談風の書き方を採用する。
女性「あのゥ、さっき機関車が通りましたよねえ」
筆者「へえ、気が付かなかった」トンネル内の下りホームから一旦駅前に出てキョロキョロしているうちに通過したらしい。「この線路(上り線)を?」
女性「ええ。貨物時刻表を調べたら分かるのかも知れませんけど、見てないもので」
筆者「……(一瞬絶句してから)日中の上りは一本もなかったと思います」貨物時刻表なんぞ持ち出すくらいだから、これだけは説明不足のような気がして、新潟辺りでは旅客会社の機関車が一部の貨物列車を担当しているらしいので、検査がらみの長距離回送があるかもしれない、などと言ってから、ひとつ気になって質問を追加した。「その機関車って、1両で?」
女性「ええ、単機でした」
一歩退きそうになったのをやっとの思いで堪えた。その"単機回送"がEF64だったのかEF81だったのか、興味がない訳ではなかったけれども、どう訊いていいものやらかえって分からなくなっている。下手に「色は青か、赤か」と言って『女だからと馬鹿にするな』なんて思われると損だし、その一方で「ロクヨンか、ハチイチか」で通じるという保証はない。このマニアめ、と腹の中で嗤われるのも癪である。
同じく上りホーム端で、
筆者「鉄道(写真)がご専門で?」
女性「いえいえ、そんなことはないです」
という会話も交わした筈だけれど、挨拶した直後だったか、トンネル内ホームを撮影するため一旦別れる直前だったか、記憶がすっぽ抜けている。
哀れな「巨大無人駅」の様相を呈している駅舎内で再合流し、旅のことなんぞ喋っていたのだが、こちらが「鉄道旅行一般(例えば"新幹線")」の話をしているのにアチラさんがすぐ「鉄ネタ(例えば"ドクター・イエロー")」に持って行ってしまうので、最後は少々ウンザリした。
彼女は次の下り電車で土合に行き、名物の「階段」を登って上り電車をつかまえ、関東方面へ帰るとのことである。階段を「登り」たくない筆者はバスで土合に移動し、そこから下り電車に乗って越後湯沢〜北越急行経由で帰阪するため、湯檜曽の駅前で別れた。バスは10分以上遅れてようやく現れ(しかも学生らしいグループ客が乗っていて満員だった)、土合駅では非常に慌ただしいことになった。
帰ってから、学生時代の鉄道仲間にこの話を伝えたところ「俺なら予定を変えて土合まで一緒に行くかもしれない」などというメールが返ってきたりした。だいたいこんな感じの容姿だった、と知らせたのが彼は妙に気に入ったらしい(既婚者の癖に!)。
実は「鉄道旅情写真館」の存在を件の女性に知らせてある。
「あれ!? 見たことがあるかもしれない。名前に覚えがありますよ」
なんて言ってたが、更新休止が続いていたからもう来館していないだろう。万一これを読んでたら、好き勝手を書いて申し訳ない(笑)。でも嘘は書いてませんぞ。
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