真岡鉄道6103列車

 一時は北海道から九州まで活躍の場を広げた「レッドトレイン」が姿を消して久しい。海外へ譲渡されたものもある由だが、実は日本国内に3両だけ、車内設備にはほとんど手を加えられないまま残っている。しかも、土曜・休日の片道一本とはいえ、乗車券だけで乗れる「普通列車」として走っているのだ(牽引はDE10形ディーゼル機関車)。にもかかわらず、あまり注目されている気配はない。
 筆者としても万難を排して追いかける程ではなくて、それは何故かというに、列車の最後尾に「余計なもの」がひっついていること。
 余計なもの……というのはC12形の蒸気機関車、運行しているのは第3セクターの真岡鉄道。ここまで書けば、なあんだ、と納得する読者も多かろう。
 要するに、車両基地の場所と列車ダイヤの関係から、「SL列車」の回送を兼ねて下館から真岡まで定期普通列車の代走をする、というのが実態である。列車番号は6103。
 構図をひと工夫すれば、立派な「普通客車列車」の絵は作れるので、機会があれば撮影に行こうと以前から考えてはいたものの、真岡鉄道というのは案外と不便なところを走っており、片道一本だけの被写体ではなかなか意欲が湧かない。一度、南東北を旅した帰りに「寄り道訪問」したときには、悪天候にたたられて停車中の列車しか撮れなかった。
 先だってしばらくぶりに、下館へ向かうことを念頭に時刻表を調べてみて驚いた。いつの改正でこうなったのか、絶妙の乗継が可能なのだ。
 新幹線の利用を最低限にして中央線回りで上京すると、新宿で寄り道した後、大宮、小山とも7〜8分の乗換時間で、しかもこれ以上はないという最適な時刻に下館へ着くことが出来る。
 それで実行に移したところ、あまりにも行程が絶妙過ぎたため危うく徒労に終わるところであった。
 新宿から埼京線の快速電車で大宮へ出て、ひと駅の新幹線特定特急券を購入し、ホームへ上がると妙に騒がしい。何と、強風のため郡山以北で断続的に運転を見合わせており、ダイヤが大きく乱れているという。
 こりゃもう駄目だ、と諦めかけたところへ、10分ほどの遅れで「Maxやまびこ・つばさ119号」が入ってきた。
「……現在、東北新幹線は強風のため大幅な遅れが出ております。そのためこの列車は小山駅で臨時に停車を致します……」
 エッ? とばかりに耳をそばだてて同じ放送の繰り返しを確認し、これなら間に合うかもしれない、との期待が芽生えた。
 やや気になったのが「臨時停車」の意味。北の方で遅れた列車がつっかえているため、時間調整のため「運転停車」する……つまり扉は開かない可能性がなきにしもあらず、である。
 自由席車は後寄りなので、車掌に確認しようと最後部のデッキへ向かったが、乗務員室に人の気配はない。残念ながらここには常駐していないらしい。
 どうすべきか、数秒間迷った。
 本来乗る予定の「やまびこ211号」を待ってみたところで、どうせ小山からの水戸線「757M電車」には間に合わない。757M電車に乗らない限り「6103列車」の撮影は不可能である。エイヤッとばかり、"Max"編成の最後部デッキに乗ってしまった。
 発車後の車内放送では「この先、途中駅で停まる場合があります」としか言わず、不安が募る。
 3分ほどして車掌がやってきた。
 早速、小山駅臨時停車の件を訊いてみると、やはり扉は開けないという。
「うわぁ」と思わず天井を仰いで、「扉が開かないのなら、臨時停車なんて紛らわしい放送をしないで下さいよ」
 相手はやや怪訝そうな顔をした。
「臨時停車、というと、大宮駅でそういう放送があったのですか?」
「そうですよ。水戸線に乗り換える予定なもので、次の『やまびこ』を待っていたら間に合わない。そこへ、小山に臨時停車すると放送があったから、この列車に飛び乗ったんです」
 今度は車掌の方が「うわぁ」という表情になって、
「そうでしたか。ちょっと確認してみます」と後部運転室に消えた。言葉はほとんど聞き取れないが、無線で指令所と交信しているらしい。もしかすると、大宮駅放送の「裏付け」でも取っているのかもしれない。2度目の放送を念入りに確かめたから聞き違いはまずあり得ないけれど、言った言わないの水掛け論にならないかという心配をしながら待った。すると、交信を終えた車掌氏は非常に恐縮しながら現れ、駅側のミスなので乗務員室扉から降ろしてくれるとのこと。
 かくして、走行中の新幹線後部運転室へ入れて貰うという貴重な体験の後、無事に列車を降りることが出来た。ちょうど、後続の「やまびこ211号」が本来小山駅に到着する時刻であった。
「どうもご迷惑をおかけしました。紛らわしいご案内を致しまして」
 車掌氏は終始恐縮しきりであったが、ご迷惑どころか、もし大宮駅が正確な案内放送をしていたなら、撮影計画は完全に崩壊し、途方に暮れていたろう。
 水戸線757M電車に乗って下館に着くと、待っていた真岡鉄道の列車はピカピカの新車である。しかし、車内は全ロングシートで、予定していた12.6km先の寺内まで乗る気がしなくなり、4.6kmの折本で下車して5分ほど歩き、危ない橋を渡ってきたにしては物足りぬ思いで念願の「6103列車」にカメラを向けた。
 折本駅へ戻って三脚を片付けていたら、駅前にパトカーが停まって巡回中らしき警察官が何処となく呑気そうな顔を出した。
「いい写真が撮れましたか?」
「ええ、多分」
 笑顔で答えつつ、写真の出来なんぞ現像が仕上がるまで分かる筈ねえだろ、と腹の底で呟いてから、そうでもないことに改めて気が付いた。今やデジタルが主流で、撮影の成否もある程度はその場で判断出来る時代である。
「どちらから来られました?」
「大阪です」
「え? 大阪から!」
 相手があまりにも大仰に驚くもので、
「いや、東京に用があったもので、ついでに」と言い訳したものの、その用件というのはTレコード新宿店における買物(段々マニアックになってきて大阪梅田店では物足りぬ)であり、どちらが『ついで』なのかは自分でも定かでない。
「よっぽど好きなんですねえ」
「まあ、そうですね(笑)」
 おっしゃる通りではあるけれど、まさか、その「よっぽど好き」な対象が、蒸気機関車ではなくて「DE10形ディーゼル機関車の牽く50系客車」であろうとは、警察官氏には想像もつかなかったに違いない。

 

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