オーディオ・マニアは「録音」しなくなった?
「新し物好き」にはほど遠い。インターネットとパソコンの普及・浸透には遅れ馳せながらもついて行けたが、その後の、何でもかんでも携帯電話端末でやってしまう風潮、スマートフォンやらパソコン経由でしか録音できない携帯音楽プレーヤーの流行に至っては、口を開けて対岸から眺めるのみである。しかし、時代について行くのを諦めたことが、文学(小説書き)をも諦める理由のひとつとなった。ひと昔前の世界しか描けなくなってしまっては、創作技術だ才能だという以前の次元へと転落である。
例外的に、世に現れて間もなく飛びついたのがMDであった。長らく芸術音楽を愛好してきて、かつて散々悩まされたのがカセットテープの劣化と、デッキを買い換えると相性の悪いテープ(音質が極端に低下または変化)が必ず出てくるアナログ特有の問題である。家庭で簡単にデジタル録音が出来るというのは、LPからCDへの移行よりも個人的には画期的・衝撃的なものだった。このため、手元には1枚千数百円もした最初期の録音用MDがたくさんある。
現在使っているMDレコーダーは3代目だが、やはりデジタルの強みで相性の悪いディスクというのは現在のところ見つかっていない。この、3代目を買ったのは生まれて初めて転居を経験した際で、旧システムは実家に残し、思い切ってオーディオ機器全体のグレードアップを図ることにしたのである。
ところが、何年かぶりで家電量販店のオーディオコーナーへ行ってみて愕然とした。
十年以上愛用してきたオンキヨーが、MDから手を引いてしまっているではないか。店員に訊いてみたら、単品オーディオとしてのMDレコーダーは3つのメーカーから1機種ずつが発売されているだけだという。家庭用DATデッキというのはMDより先に滅びてしまったし、CDレコーダーも業務用と称するものが僅かに市販されている程度のようである。アナログ・カセットデッキも「どうにか滅びてはいない」という状況だ。
これは不思議な現象だと思う。
鉄道写真を長年撮っていればカメラにはある程度詳しくなるし、芸術音楽に長年凝っていればオーディオにもある程度はうるさくなる。ちなみに、筆者が使っているカメラは35mmフィルム用としてはかなりの「上級機種」であるけれど、オーディオの上級機種といえば物凄い値段で、CDプレーヤー、プリアンプ、パワーアンプ、スピーカーと一式を揃えると筆者の年収なんぞ簡単に超えてしまうのだ(一時はMDレコーダーにも相当の高額機種が存在したものだが……)。なにしろ、アンプとコンセントを繋ぐ電源ケーブル一本、機器同士を繋ぐピン・ケーブル一組が何万円という世界で、上級オーディオにおいてはそれさえ音質を左右する要素らしいのである。
ケーブル一本にまで品質にこだわる人々が「デジタル信号だから」という理由だけでパソコン任せにするとは到底信じがたい(光デシタルケーブルだって普及品と高級品で相当の価格差があるのに)。実際、パソコンでCDを複製すると音質が微妙に変わってしまう。インターネットで得た情報によれば、外部D/Aコンバータを介してデジタル出力でアンプに接続したとしても、「CDプレーヤー」とDVDやブルーレイ兼用の「マルチディスク・プレーヤー」とでは『誰にでも分かるくらい』音質が違い、CD「専用機」が優位なのだそうである(……と書いてから不安になってしまった。アナログ出力での話かもしれない。記憶が曖昧だが調べ直すのも面倒)。パソコンの上位機種では後付の拡張ボード(デジタルオーディオボードあるいはサウンドボードなるものがあるらしい)が増設出来るけれど、価格は下手をすると上級オーディオの100分の1に満たず、その程度でオーディオ・マニアの信頼を勝ち取るほどの「音質」が得られるとも考えにくい。
彼らは「録音」をしなくなってしまったのだろうか。
つい最近、CDプレーヤーを買い替えた。実家でアンプに2台つないでいたうちの一台を持ってきていて、経年と使い勝手(アンプと同じメーカーにすることで若干の連動がきく)から新しくしたもなのだが、これには前面に携帯音楽プレーヤーに対応したUSB端子がある。オーディオ機器と直接繋いで録音が出来れば、iナントカ導入も検討するのに、残念ながら再生専用である。
じゃあ、アナログ音源はどう録音すればいいのか?
NHKの世論調査で「若者の相当割合がラジオを一度も聴いたことがない」という結果が出たそうで、そういえば「エア・チェック」なんて死語になったなあ、ラジカセ、なんて言っても今や通じないのか、と感慨に耽ったものの、あれれ? ちょっと待てよ。
録音機器は消滅しかかっているけれど、普及品のコンポにも相変わらず「チューナー」は付属しているし、単品オーディオにもそれなりの選択肢が残っているではないか!
(ウチでは単品でも買える最も安くて小さなチューナー、ONKYO製T-405FXを使用)
この現状、どう説明すればいいのだろう。単なる「過渡期」で、遠からず単品チューナーも消滅するのか……。(後記。やはり過渡期だったらしい。ケーブルテレビにFM波が入っているので、壁の端子とチューナーを繋いで安心しきっているけれど、これが何年何月をもって終了……ときたらおしまいだ。アンテナ受信など出来る環境じゃないことを忘れかけていた)
個人的には、時々FM放送やデジタル化で飛躍的に音質の向上したテレビ放送からMDに録音を楽しんでいるけれども、CDプレーヤーを見に行ったついでに確かめたら、手元のPioneer製MJ-D5もついに店頭から消え、代替機種も出ていないようである。インターネットでNHK-FMの番組表を調べ、転居後初めて「アッ、これは録っておきたい」という曲目を見つけて近所のコンビニへ駆けつけたら、けしからぬことにカセットテープは置いてあるのにMDがなかった。幸い、勤め先の近くでコンビニに置いてあるのを発見したものの、今後どうなることやら。
DVDレコーダーには機種によってアナログ入力端子があるそうで、これで音だけを録るのも可能ではあるのだが、「DVDプレーヤーのHDMI出力→テレビの光デジタル出力→MDレコーダーの内臓D/Aコンバータ→アンプ」という回りくどい接続が「DVDプレーヤーのアナログ出力→アンプ」より音質面でかなり勝っており、ということは映像機器の内臓D/Aコンバータはあまり品位に期待できそうもない。
やはりオーディオ・マニアは「録音」をしなくなったのだろうか。
画像は自慢の(というほどの価格じゃないが)システム。CDプレーヤー→アンプ→スピーカーのラインを MADE IN JAPAN で揃えられたのはちょっと自慢(Marantz:CD6004/Marantz:PM8004/ONKYO:D-TK10)。掃除が楽なので敢えて「網棚」の金属ラックを使用、木製ブロックをかませて音質への悪影響を防いでいる。ブロックではなく板状の製品もあり、商品名が「オーディオ・ボード」。パソコンの後付パーツと同じ名称で混乱はしないのかなぁ。
D-TK10はやや特殊な構造のスピーカーなのでサランネットが付けられず、使わない時は右側のような付属の保護カバーを被せる。なお、テレビはSHARP:LC26-E8という MADE IN CHINA の安物、DVDプレーヤーはテレビ台の中。
蛇足。中学生のころ親に買って貰った「ラジカセに毛の生えたようなコンポ」からまともなオーディオに買い替えたとき、「うわぁ、録音状態の良し悪しがモロに出るなぁ」というのが一番の印象だったが、今回のグレードアップでは、例えば管弦楽曲の場合「うわぁ、オーケストラの実力差がモロに出るなぁ」という結果になった。録音は少し古いがオーケストラの技量に文句なし、というディスクから「おっ!」というくらいの音が出るようになって、なるほど、オーディオって奴は奥が深いと改めて感心した。
後記。2012年4月、NHKの音楽関連番組が国鉄末期のダイヤ改悪を連想させる惨憺たる有様になってしまった。経費節減の関連なのだろうか、録音機器の出番はかなり減少しそうである。
さらに後記。2018年、BS民放の経済ニュースで「パイオニアの経営が危ない」というのを見て驚き、インターネットでさらに情報収集してみたら、既に映像・音響機器から撤退済みとのこと、しかも技術陣の移転先はオンキヨー。へぇ、という感じで今度はオンキヨーを軸に検索したら、こっちも経営状況が思わしくないそうで……。日本メーカーのオーディオが滅びる日を想像しかけて、念のために確認してみたら「アキュフェーズ」も日本メーカーだった(笑)。
その後、オンキヨーは破産。MD再生機器は完全消滅を確認。
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