愛好の対象が何であれ、経歴の長いファンは「俄か」を嫌う。その心情はたいへんよく理解出来る。廃止の噂など全くないときから通い続けていた路線に、一度「先行きが危ない」という情報でも聞こえようものなら、急にワッと撮影者が増えてうんざりする。もっとも、そのうち行ってみたいと思いつつ、なかなか実行出来ないという場所はどうしても存在するもので、訪問しないうちに廃止が決まってしまい、俄かファンの仲間入りをしたことも一度ならずある。
前者の典型例として、1994年に廃止された和歌山県の野上電気鉄道が挙げられる。補助金打切で先行絶望という報道がなされて以来、行く気がしなくなった。ただし、大学を卒業する3月末に廃止というあまりにも絶妙の巡り合わせにじっとしていられなくなり、最終日近くに何度か名残を惜しみに行った。これはかなり例外的で、最終日にカメラを携えて訪問したのは野上電鉄と蒲原鉄道の2線しかない(他に、いったいどんな状況になるかと面白がって、カメラは持たずわざわざバスで見物に行った南海和歌山港支線の水軒という例もある)。
前置きが長くなった。本題は貨車の話。
実は最近、俄か貨車オタクになってしまった。もちろん、貨車なら何でもいいという訳ではない。順を追って説明するのでもう少しだけ回り道に付き合って下され。
「客車列車は大好き。但し蒸気機関車牽引のものは除く」
「貨物列車および貨車は大好き。但しコンテナ車は除く」
などと挙げると、単に希少価値を有難がっているように思われそうだけれど、これは普通客車列車が珍しくなかった頃から、あるいは現在ほど貨物列車がコンテナ一辺倒でなかった頃からそうなのであって、好きなものばかりどんどん消えて行ったに過ぎない。この点は是非とも強調しておかねばならぬ。
もっとも、貨物列車の編成内容や時刻を調べるのが面倒で、好きという割には熱心に撮影してこなかった。筆者が学生の頃は、時刻表も郵便振替で申し込まないと入手出来なかったものである。ところが数年前、貨物時刻表最新号が店頭で売られているのを発見し、その資料編にあるJR貨物所有貨車一覧を見て愕然とした。
トキが残り32両?
このページの読者に「トキ」の何たるかを説明する必要はなかろうから省略するとして、旅客車ならともかく汎用貨車の32両といえば全滅寸前である。同じ無蓋車のトラも31両で、こちらは既に電車の「クモル」のような用途 − "事業貨物"専用と思われた。
以後、機会あるごとに「トキ」が編成に入っていそうな専用貨物列車を撮影しているけれども、無蓋車どころかタンク車もなくコンテナばかりで走ってくることもあった。やれやれ、トキは朱鷺になり果てたかと諦めかけた頃になって、恒常的にトキを連結して走っている列車を見つけた。
それは福島臨海鉄道の宮下と信越本線の安中を結ぶ、貨物時刻表の編成欄に「鉱石」と記された1往復。
ついにやった! と喜んでから、仕上がった写真を見て「おや?」と思った。車体に『東邦亜鉛株式会社』の標記があるということは私有貨車で、JR貨物所有の32両には含まれていないクルマなのだ。どこの所有だろうがトキはトキで、塗色も同じだし形態もさして変わらない。国鉄型無蓋車へのこだわりまでは持ってはいないが、何度かカメラを向けてみて、このトキがやたらと真新しく見えることに素朴な疑問を抱いた。俄かオタクの悲しさで随分と後になってからながら、台車が妙に近代的なことにも気づいた。(写真は泉駅で臨海鉄道の機関車を待つ返空列車。2004.10)
そこで、この「トキ」の素性を探ろうと、インターネットの検索エンジンに「"トキ25000" "東邦亜鉛"」と入れてみて、謎が解けた。
この列車は長らくJR貨物所有のトキ25000型を使用していたものの、老朽化のため1999年に私有貨車12両を新製したそうな。もちろん唯一の私有無蓋車である。
真新しく見えるのも当然、「平成2ケタ生まれのトキ」だったとは! ちなみに、車両番号はハイフン式で、トキ25000-1〜トキ25000-12というインフレ・ナンバー。置換に際しては、他社で余剰となった私有ホッパ車への変更やコンテナ化、トラック輸送化まで検討されたという。ヒヤリとさせられる話である。
新製された貨車は、従来のものに比べ荷重を増やし、許容最高速度も向上させたとのこと。にもかかわらず、車両形式は「トキ25000」を踏襲、何より同じ鳶色に塗ってくれたのが嬉しい。
福島臨海鉄道の小名浜ヤードを訪問した際、車輪踏面がピカピカ光る明らかに現役のJR貨物所有「トキ」を何両か(トキ25000型全30両に含まれる貴重な貨車)確認しており、気になる鉄道である。もっとも、2004年10月に泉駅でJR貨物所有のトキを見かけたが、積荷は貨車用らしい車輪であった。こちらはやはり事業貨物専用になってしまったのかもしれない。
蛇足ながら、タイトルは吉松隆のデビュー作『朱鷺に寄せる哀歌』から借用。吉松隆の何たるか、トキ25000の何たるか、両方知っているヒトって、日本中にいったい何人いるのだろうか?? 吉松隆を検索して、このページを開けてしまった方がおられたら申し訳ない(笑)。なお、当サイト内のこのページに吉松隆がチョロッとだけ出てきます。
後記。2010年代に国鉄型トキ25000が全滅し、唯一の現役無蓋車として孤軍奮闘していたが、2021年に東邦亜鉛が工場を縮小したことで運ぶべき「荷」を失い、2022年に日本の鉄路から『無蓋車』が消滅した。
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