貨物側線は分岐器だけが残る柵原駅 (1988. 1. 7)
初めて片上鉄道に乗った日。鉱石列車が廃止されていることなど知ら なかった。この光景を目の当たりにしたときの衝撃をご想像いただける だろうか。
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片上ヤードを出て片上駅に向かう客車列車 (1991. 3. 7)
最後期にはヤードも縮小され、稼動車両の留置に必要な線路だけが残されていた。 1988年当時の様子はこちらに掲載。
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